美味しい楽しいヴィーガニズム
今、世界的なムーブメントとなっている"ヴィーガニズム"。狭義ではヴィーガニズムにもそれを実践する目的の違い(健康志向・環境配慮・動物虐待反対等のいずれか、またはそれら全て)によっていくつかの種類に分けられているが、大枠としては「人間ができる限り動物を搾取することなく生きるべきである」という主義のことだ。そして、肉や魚に加え卵や乳製品等一切の動物性食品を口にしない、或いは動物性の原材料を利用した衣服を着ないこと等を通して具体的にヴィーガニズムを実践する人々を”ヴィーガン”と呼ぶ。これだけ聞くと”社会的意義はありそうだけどライフスタイルへ取り入れるにはなかなかハードルが高そう”な印象を受ける人も多いかもしれないが、2021年3月現在、ラフォーレ原宿にポップアップストアを構える”ovgo B.A.K.E.R”は、クッキーという親しみやすいプロダクトを通し、ヴィーガニズムの気軽な実践機会と学びのキッカケを幅広い層に提供している。近年日本でも耳にする機会が増えて来たヴィーガンという言葉。インバウンド需要の高さから着目する大企業も多く、今後この勢いは増すばかりだろう。今回は、決意を胸に大企業を脱サラした4名の女性たちが奮闘するovgo B.A.K.E.Rというプロジェクトを取材し、ヴィーガンという新たな風向きを知る。
ヴィーガニズムが2020年代のトレンドとなる時代背景
ovgo B.A.K.E.Rの”ovgo”はオーガニック(有機)、ヴィーガン(菜食主義者)、グルテンフリー(小麦抜き)、オプションズ(選択肢)の頭文字だ。ミレニアル世代生まれの女性4名からなるチームでオリジナルのクッキーを製造、販売。
冒頭でも触れた通りヴィーガン達にはそれぞれの目的がある。ovgo B.A.K.E.R代表の溝渕由樹にとっては、ヴィーガニズムは環境問題や人権問題の解決策のひとつであり、さらにビジネスの可能性であった。
「海外では2、3年前から”環境のためのヴィーガン”が数を増やしてきました。東京にもオリンピック開催の影響でその流れが来そうになっていましたが、延期が決まったことで一旦は勢いを失った印象でした。
具体的に言えば、2020年の夏頃は国内でも”ソイミート”や”ヴィーガン◯◯”的な商品を目にする機会が突然増えましたね。それらの商品を売り出していた大手企業はインバウンドに対してヴィーガニズムへの理解が必要だということをわかっていたからだと思います。それをきっかけに一般的にもヴィーガンという言葉の浸透がはじまったと感じます。
私たちも2019年の10月にovgo B.A.K.E.Rを立ち上げたんですが、その時はやはり翌年に予定されていたオリンピックのタイミングを狙っていました。私たちの場合はオリンピックで海外から来たお洒落な子たちがヴィーガンを名乗っていたら、日本人の普通の子たちも”なんだそれ、私もやんなきゃ!”ってなるかなと思っていたからです。
結果的にその目論見はコロナ禍の影響で外れ、一旦は国内におけるヴィーガンのトレンドは勢いを失ったかのように思えましたが、一方でコロナ禍がきっかけでヴィーガンやサステナビリティに対する意識の喚起になった側面もありました。昨年の4月から5月、外出制限で長期在宅していた若い世代の人たちの間にも健康意識が高まり、食べ物は植物性にしようと考える人々が増えました。また環境問題の影響で新しいウイルスが蔓延したという見方がテレビ等のメディアで紹介されたこともあって、今はヴィーガンに興味を持つ若い世代の数が2019年末に比べ急に増えたと感じます。
私たちの世代(90年代生まれからそれより上の年齢層)だと、ヴィーガンは極端な健康や宗教的思想でやっていると思われ敬遠されがちですが、自分たちよりも10個くらい下の世代だともともと小学生の頃から地球温暖化を学んでいるため、ヴィーガンの環境配慮という側面を自然に受け入れられたのだと思います。」
そもそもなぜヴィーガンと環境問題が紐付けられるのだろうか。これは動物に基づく産業が、温室効果ガスによる温暖化や森林破壊を招き、化石燃料・水・土地などの資源を過剰に消費することで環境に破壊的な影響を与えているという考えに基づいている。家畜を放牧するための森林開拓や、家畜そのものから排出されるメタンガスも地球温暖化につながる要素のひとつだという。 また、家畜の餌になっている穀物を人間向けに加工すれば、30億人分の食料を賄えるという見解もあるそうだ。
ovgo B.A.K.E.R創業の経緯
(左から)髙木里沙…資金調達、溝渕由樹…代表、松井映梨加…デザイン・PR。また取材当日キッチンにいたため店舗不在だった西川友理…原料調達・製造の4名からなるovgo B.A.K.E.Rチーム。
彼女達はそれぞれどのようなキャリアを経て集ったのだろうか。現在は4名だが創業メンバーの3名はもともと小学校の同級生だったという。溝渕の目線から創業に至る物語を訊いた。
「私自身は新卒で三井物産に勤めていました。もともと開発途上国支援や人権に興味があり、そしてカフェが好きだったのでコーヒーのフェアトレードをやりたかったからです。でも法学部出身だったので法務部に配属され、思っていた事とは全然違う仕事をすることになったんですが、それが結果的にエネルギーから投資に至るまで商社全ての仕事を行うことになり知見を広げました。
いつかはコーヒーや農家に携わる仕事をやりたいなと思っていたことから、三井物産を3年で辞めDEAN & DELUCAに転職したんですが、その間に2ヶ月くらいタネ探しと思ってアメリカ、ブラジル、アルゼンチンに1人で行っていたんです。昔から趣味でアメリカンスイーツをつくって周りのアメリカ人に食べさせたりしていたんですが、海外に行っている間はクッキングレッスンに通ったりもしました。するとそこにはヴィーガンやグルテンフリーのオプションがたくさんあったんです。日本でもヴィーガン向けのお菓子も食べてたけど、日本では健康志向の商品が多くて、それだとせっかくお菓子を食べるのに物足りなかった。でも私の行った国では必ずしもヴィーガン食がヘルシーと紐づいたものじゃなかったから、意外と美味しくもできるんだという発見がありました。
また、ホステルに泊まると周りの皆が当たり前のようにヴィーガンをやっていたことも新鮮でした。そしてそこにいた人たちから、ヴィーガンとしての活動は環境問題や食料問題と関係していて、さらにそれは人権問題とも関わっているんだと知ることができました。そこで初めて自分にできる”お菓子づくり”と”人権”が繋がったんです。
しかも海外では浸透している文化なのに、日本ではまだまだだからビジネスチャンスもあるなと思いました。最初はそのチャレンジをDEAN & DELUCAでやれないかと思ったけど、やはり自分でやってみようと決意したんです。
まずは仲間を集めました。自分の取り組んでいる問題は人権や環境問題にもつながる大きな課題なので、組織的に大きく活動しないと解決しないことだとわかっていたからです。そこで、よく人柄を知っていて信頼のできる、小学校の同級生2人を誘いました。PR畑で営業の得意だった松井さんと、Lushに勤めていたヴィーガニズムに詳しい西川さんです。最初は全員もともとの職場と兼業でした。松井さんのお母さんの知り合いがやっていたフリーマーケットに参加したのが活動のスタートです。そして2020年、融資の相談に乗ってもらったことがきっかけでMerrill Lynchに勤めていた高木さんが資金調達面で加わり今のメンバーが揃いました」
Instagramをきっかけに口コミで急成長
ラフォーレ原宿2階ovgo B.A.K.E.Rポップアップストアの様子。取材当日も若い女性客を中心に賑わっていた。
コロナ禍の真っ只中であるにも関わらず、創業から1年と少しで誰もが知る有名ショッピングセンター”ラフォーレ原宿”でポップアップショップの運営に至る運びとなったovgo B.A.K.E.R。そこにはSNSの口コミによる、ネットショップの急成長が欠かせなかったという。
「ラフォーレでお店を持てるようになるとは思ってもみませんでした。2020年の3月時点では青山ファーマーズマーケットに出店したりカフェに商品をおろしていただけだったのですが、コロナの影響でどちらの機会も失なってしまいました。そこで、しばらくは商品開発をしてコロナが明けたら頑張ろうと思っていましたが、逆にそれまでは売上の少なかったネットショップが友達のInstagramでの口コミをきっかけに伸びはじめたんです。
昨年12月に初めてラフォーレのポップアップをやった時、最初はあまり人が来なかったけど、たまたま通りかかったお客さんが投稿したインスタの写真を見て来てくれる人もいました。Instagramに助けられてるなと思います。ポップアップストアもインスタを見て来る人が6、7割を占めてますね。」
Z世代から感じる確かな手応え
ovgo B.A.K.E.Rも利用するネットショップ開設サービス”BASE”は、出展者をラフォーレや伊勢丹といった実店舗と繋げてくれるそうだ。所謂”Gen Z”がターゲットの溝渕たちはラフォーレにポップアップを出店することを選んだ。ロゴや各種デザインもその世代からの共感を得るものにしたかったそうだ。
Z世代(Gen Z)とは1990年代の中後半から2000年代序盤に出生した、従来よりも多様性に寛容で、平等を重視する価値観を持つ傾向に高いと言われている世代のことだ。ovgo B.A.K.E.RはZ世代を主な対象としてサービスを展開していると溝渕は語る。
「私自身甘いお菓子が好きですし、健康志向が理由でヴィーガンを支持しているわけではなく人権やサステナビリティに興味があってはじめたわけですが、やってみるとやはり思った通りそこに共感してくれる若い人達がたくさんいました。その世代には健康や素材のヘルシーさには興味がない人たちも増えていて、ちゃんとしたお菓子を食べたいわけです。でもサステナビリティにも興味があるという人も多いです。
だから私たちのクッキーはあくまでも植物性材料ですが、ヴィーガンのチョコが入ってたり、アイシングがかかってたりもします。難しい言葉で発信するのではなく、カジュアルに若い世代のライフスタイルへ取り入れてもらう方法として、甘くて美味しいクッキーを売っています。
Z世代を意識して価格も高すぎないよう気をつけてます。クッキーをコーヒーと一緒に買う商品だと想定すると、1000円を超えたら高すぎるし、200円から下がると目的意識を持って買う人が減るためバランスに気を使っています。
一番売れている製品はチョコレートチップクッキーです。実は去年オーツミルクが日本にたくさん入ってきて、それでつくったらとても美味しくて。売り始めから凄く売れていますね。」
オススメの食べ方
季節限定のクッキーなど味のバリエーションが豊富なのも魅力だ。なかにはバラの花びらがデコレーションされたものもあったりと、見た目にも楽しく工夫されている。
そんなovgo B.A.K.E.Rのクッキーをより美味しく食べるおすすめの方法を伺った。
「朝ごはんがおすすめです、ワンハンド朝ごはん。うちのヴィーガンクッキーはバターも卵も使ってないからもたれないですよ。オートミールのクッキーはグラノーラみたいな感覚なので、ヨーグルトに入れたりするのもおすすめですよ。」
また取材当日、店舗に立っていたovgo B.A.K.E.Rの3名がそれぞれの気に入っているクッキーも教えてくれた。
「レッドベルベットです。甘い物好きにはこれ! たっぷりチョコとパウダーシュガーで大満足のクッキー」 (溝渕)
「ピンキッシュローズです。バラのあまーい香りと味がたまらない。見た目のかわいらしさにもきゅん 」 (松井)
「インポッシブルチョコレートチップです。王道の一品! ヴィーガンとは思えないところがおすすめ」 (高木)
彼女達の目指すこれから
制服となっているTシャツのバックプリントにはうさぎがモチーフのキャラクターが描かれている。
最後にこれからovgo B.A.K.E.Rが目指す方向性を訊き、ステートメントの再確認をした。
「私たちはクッキー屋さんと思われがちですが、去年自分たちが環境問題解決に向けて少しでもできることはなんだろうと考えたときに、たまたま私たちがつくれたのがヴィーガンクッキーだったというだけで、クッキーというプロダクトだけにこだわっているわけではありません。
また、環境問題やサステナビリティといっても様々な問題が複雑につながっているため、誰かやなにかが一方的に搾取されたり過小評価されることのない社会の実現につながるアイデアがあれば、今後クッキーとはまったく別の分野だったとしてもチャレンジしていきたいとも考えています。
そして自分たちのヴィーガンクッキーだけが売れれば良いとも思っていなくて、ヴィーガンクッキーがキッカケで、より沢山の人たちがサステナビリティに興味を持って、例えばコンビニで買い物をするときや洋服を買うときに少しでも意識してもらえるようになったら良いと考えています。
ラフォーレの話が来た時もだし、いつもチャレンジングな出来事ばかりです。でも私には仲間がいたおかげでどうにかやって来れました。今年5月には東京・小伝馬町に(ポップアップではなく)一号店を構えるのですが、オープンに向けて今さらにたくさんのメンバーが集まってきてくれています。お店をオープンすることで、今後さらに多くの方にヴィーガンクッキーを通じてサステナビリティに関心を持っていただく機会が増えればと願っています。」
今回インタビューに答えてくれたovgo B.A.K.E.R代表、溝渕由樹。
連鎖する社会課題へ当たり前に意識を向ける。カジュアル・ヴィーガンなライフスタイルは2020年代のスタンダード
販売されているクッキーには、国産自然栽培の小麦を使ったもの(白色パッケージ)と、アメリカ産オーガニックオートミール(茶色パッケージ)を使ったものとが用意されている。選択肢があるのも嬉しい。
普段から知らず知らずのうちに食べたり使用している動物由来の食料や製品の生産が、一見関係なさそうに見える様々な身近にある社会問題とも連鎖していていることが今回の取材を通しよくわかった。それらの解決のためには、まずは広く一般市民が問題の存在そのものを知ることから始まるのではないだろうか。そして知った社会問題に対する手軽なアクションのひとつとして、”ヴィーガン”をもっとカジュアルに解釈して楽しく実践するアプローチは確かに有効だ。ovgo B.A.K.E.Rの活動が、今後もこうした気づきを得る人々を増やして行くだろう。
これから彼女達は小伝馬町の一号店オープンに向け、4月1日よりクラウドファンディングを行うそうだ。ovgo B.A.K.E.Rの最新の動向はそこからチェックしよう。
ovgo B.A.K.E.R
2019年設立。おいしくってワクワクする、サステナブルな食がいつでもど. こでも選択できるような社会を実現すべく活動中。
Interview: REIKO ITABASHI
Text:TETSUTARO SAIJO
Photo:VICTOR NOMOTO