2021年1月、緊急事態宣言がふたたび発令された。リアルイベントの中止や縮小が相次ぐなか、そんな状況を逆手にとって、新たに生まれた企画がある。日暮里にあるミュージアム/イベントスペース「元映画館」で開催された「ふたりのための上映会」だ。内容は、イベント名の通り、映画館を二人で貸切り、好きな映画を持ち込んで上映できるというもの。

愛とこだわりが詰まった施設自体の魅力はもちろんのこと、この企画の注目すべき点として伝えたいのは、"ソーシャルディスタンスに伴う人数制限"という制約を逆手にとって、通常は大人数で空間を共有する映画館を"ふたりじめ"できると、発想を転換したことだ。

"映画好き"、そして"映画館好き"にとって夢のようなこの企画を、今回はイベントレポートとして体験取材することにした。

#INSIGHTS OF EVELA
1:自宅のテレビでも普段の映画館でもない、はじめての「貸切」シアター企画
2:「誰とどの作品を観るか?」からスタートする、カスタマイズ性の高さ
3:大人数での利用が難しい状況を逆手にとって生まれた、非日常で幸福な環境

自宅でオンデマンドサービス……ではない、映画鑑賞体験のイベント性


「ふたりのための上映会」で上映する映画は、参加者が自分で持っていく。会場にDVDまたはBle-rayディスクを持ち込むか、HDMI接続可能なPCをつなぐかのどちらかだ。近頃はNetflixやAmazon Prime、U-NEXTのような動画配信サービスが便利だが、久しぶりにレンタル店に足を運ぶのも楽しい。


初めて訪れる映画館の雰囲気を想像しながら、二人のためのとっておきの1本を選ぶ。


この日選んだのは『グランド・ブダペスト・ホテル』。ウェス・アンダーソン監督らしいチャーミングなドラメディ映画だ。

歴史を感じられるアートスペース

元映画館は、日暮里駅から徒歩10分ほどのビルの2階にあり、通常は映像作品に焦点をあてた美術展示を行なったり、貸しスペースとして、様々なイベントが行なわれてる。その名の通り、もともとは「日暮里金美館」という、荒川区の”町の映画館”だった。金美館は、1931年に発足した映画館チェーンで、当時は全国に20館あまりの映画館を有しており、現在の川崎チネチッタ系列の前身だそう。

2019年、この物件を見つけ、空間の魅力に感動した人々が即決で借りることに。もともと映画館だったからこそやりたいこと、できることがあると強く信じて、新しい命を吹き込むためのリノベーション計画が始まった。手がけたのは、建築家やデザイナーが集まった総合芸術制作会社、株式会社デリシャスカンパニーだ。元映画館プロジェクトは、クラウドファンディングで応援者を募って目標金額を達成。空間の魅力を最大限に活かしたセルフリノベーションを行った結果、2フロアにまたがった多目的なアート/イベントスペースとして生まれ変わった。

愛とクラフツマンシップを感じる建築、ムードをつくる演出

1991年10月23日に閉館した日暮里金美館。長い時を経ても取り壊されずにそのままの形で残っており、営業していた当時の趣を随所に見つけられる。

入り口のガラス扉を開け、赤い舞台幕で仕切られたクラシックなホワイエを通る。どこかアメリカのミニシアターのような、マニアの心をくすぐるフィギュアが並ぶ。

キュートな『ゴーストバスターズ』のステッカーが出迎えるのはお手洗い。ドアを開けると壁じゅうにVHSが敷き詰められ、つい写真を撮りたくなってしまう空間だ。

窓際に並べられたVHSジャケットも、再生機器であるビデオデッキが減ってしまった今はなつかしい。『スターウォーズ』のレトロなカタカナフォントもビデオテープの背表紙ならでは。

寄り道をしながらなかへ入ると、映画館だったころの座席は解体されており、立派な革張りのソファーが2つ、出迎えてくれる。

「RESERVED」のサインプレートは、細やかな演出が嬉しい。ソファーに置かれたおそろいのブランケットと準備万端のヒーターで、寒さ対策もばっちり。

銀幕は当時のまま。新しい水引幕には、デリシャスカンパニーや、クラウドファンディングで協力してくれた方々の名前が刺繍されている。

映画館でも自宅でも味わえない、スペシャルな3時間

「ふたりのための上映会」は食べ物、飲み物ともに持ち込みが可能なので、ポップコーンやコーラのほか、普段の映画館では注文できないあつあつのピザをデリバリーすることもできる。映画館なのにホームパーティーのような、大人たちの贅沢な楽しみだ。上映前からついつい手が伸びてしまう。

持ち込んだ映画は、上階にセットされたプロジェクターから投影される。いよいよ上映開始だ。

「ふたりのための上映会」は、カップルだけでなく、夫婦や友人同士、親子での参加ももちろん問題ない。小さな子どもが長時間じっとしていられない、上映中に騒いでしまうかもしれない……と気にして映画館に足を運ぶことが難しい親子も多いので、そんなファミリーにとっても優しい企画だ。

貸切だから、席を立って走り回ったり、かくれんぼをしても怒られない。

2人きりで映画館を貸切るロマンチックな体験は、一生に一度は経験したいもの。

映画観賞後の余韻を楽しむ屋根裏部屋

元映画館の2フロアのうち上の階には、「かけだしスナック シネマのあとで」というスナックがある。

上階にのぼるための階段は、緊急事態宣言下を利用して塗り替えたそう。『シャイニング』を想起するようなブラッドレッドでありながら、どこかチャーミングでわくわくする仕上がり。


階段はもとの映画館には無く、リノベーションの際につくられたもの。


新しい階段を上ると、スクリーンを上から見下ろせる、小さなロフト空間が現れる。『ニュー・シネマ・パラダイス』さながら、映写室のようなポジションから映画を観られる特等席だ。


「スナック シネマのあとで」は、グリーンの壁にブルーのカーペット、個性的なインテリアが調和し、こだわりの詰まったリビングのような空間。ソファにカウンター、どこに座っても長居してしまいそうな居心地の良さだ。


緊急事態宣言中は閉店しているが、通常時はバーのみでの利用もできるそう。


「スナック シネマのあとで」はクラフトジンが豊富な。「やさしいマティーニ」や「たりないマンハッタン」など、ひとくせある可愛らしいカクテルも注文できる。

それぞれの「ふたりじめ」

スタッフに話を聞くと、「ふたりのための上映会」の参加者属性は多様だが、なかでも印象的だったのは、映画ではなく、ライブドキュメンタリーを大音量で上映されていたご夫婦とのこと。なんでも、2人の出会いを語るにはかかせない、大切な思い出の作品だそうだ。

元映画館のInstagramでは、『万引き家族』や『魔女の宅急便』、『ギルバート・グレイプ』など、参加者が選んだ映画もストーリーでこっそり紹介されている。いろいろな「二人」が思い思いに選んだ作品を見るのも面白い。

人数制限から生まれた「夢」

コロナ禍、三密を禁じられた映画館は1席ずつ間隔を開けるなど、人数制限をしての営業となった。見ず知らずの人がぎゅうぎゅうに集まって、全員がひとつのスクリーンを向いて笑ったり泣いたりする場所。映画館ならではの一体感や没入感を愛するファンは、着席禁止のため座席に貼られたテープや、ガランとした客席を見て、静かに切なくなったはず。

一方で、普段は大人数で共有するのが当たり前の映画館を、1日だけ大切な人と独占するのは、すべての映画好きの夢。いつかマイホームにシアタールームをつくりたいと、こっそり人生の目標に掲げている人も多いだろう。

今回の「ふたりのための上映会」は、ソーシャルディスタンスに伴う人数制限という制約を逆手にとらえ、普段は大人数で共有する映画館を”ふたりじめ”するという特別な価値に変えた。中止や延期、人数制限といったネガティブな要素に対して発想の転換を行い、とっておきの付加価値として提供したのだ。

Photo: VICTOR NOMOTO
Text: REIKO ITABASHI