カナダ・モントリオールで2000年に始まった「MUTEK」は、世界各地から毎年約2万人が来場する、デジタル・クリエイティビティ、電子音楽、オーディオ・ビジュアルアートの総合フェスティバルだ。現在では、メキシコシティ、バルセロナ、ブエノスアイレス、ドバイ、サンフランシスコ、東京と、世界の各主要都市で開催されるほどに成長し、最先端のアート、テクノロジー、ライブエンタテイメント、シンポジウムが融合する場となり、アーティスト同士の交流の場や、クリエイティブナレッジのショーケースとして世界的な知名度を誇っている。

東京で開催される「MUTEK.JP」は2016年からスタートし5回目。目の前でライブパフォーマンスを体験できるリアルイベントは、今年は感染症対策のため会場規模を縮小し、12月10日(木)~12日(土)に各日150名の限定人数で開催。その代わり、世界をつなぐバーチャルプラットフォームでのオンライン配信とのハイブリッド方式となった。

本記事では、渋谷ストリームホールで開催された3日間のリアルイベントについて写真とともに記録したい。

神聖さと不気味さの境界

DAY1は、革新的かつ先進的なオーディオビジュアル・パフォーマンスに焦点を当てたプログラム「A/Visions」。

「傀儡神楽 ALTER the android KAGURA」は、ヒューマノイド「オルタ3」と能楽師による一夜限りのパフォーマンスだ。 オルタ3は、人間とのコミュニケーションの可能性を探るために開発されたヒューマノイドとして知られ、渋谷慶一郎氏とのアンドロイドオペラをはじめさまざまなプロジェクトで人類とテクノロジーの未来を示唆している。

関節が多くしなやかな動きをするオルタ3は、リアルな顔も相まって人間さながらのビジュアルだが、むき出しの後頭部や台座により高くから見下ろす視線が違和感を醸し出す。日本の伝統芸能である能楽師と最先端のヒューマノイドロボットの協演は、映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の続編『イノセンス』のテーマの生コーラス演奏とも相まって、不気味さと神聖さを持ち合わせた興味深い時間となった。

Corey Fuller + Break Ensemble × Synichi Yamamotoもまた、特別なチームだ。NYの老舗アンビエントレーベル“12k”からリリースを重ねる音楽家Corey Fullerと、彼が2019年に結成したBreak Ensemble(波多野敦子[Viola] / 須原杏[Violin] / 一ノ瀬響[Piano] / 千葉広樹[Contrabass])によるエレクトロニクスと生楽器が織りなすライブフォーマンスに、メディアアーティストの山本信一がビジュアルでコラボレーションしている。

水面を打つ雷雨、差し込む光の柱……。さまざまな自然×テクノロジーの映像に生のアンサンブルが融合し、まるで身体から魂だけで抜け出して旅をしているようなサウンドスケープは、映画を一本観終えたかのような、繊細かつ壮大な鑑賞体験をもたらした。アメリカ生まれ日本育ちのCorey Fullerは「みなさん、今年は大変でしたね。こうやって集まって音楽ができることに感謝です」と挨拶し、お互いに労わりながら1年をふりかえった。

音のコラージュとメタ映像

DAY2およびDAY3は、エレクトロニックミュージック、デジタルアート、テクノロジーの交差点を探求した実験的ライブパフォーマンスを紹介するプログラム「Nocturne」。

トップバッターは「Open Reel Ensemble」。和田永・吉田悠・吉田匡による、オープンリール式テープレコーダーを楽器として演奏する国際的音楽グループだ。今では希少ヴィンテージオーディオであるオープンリールを「磁気民族楽器」として捉え、ステージ上を身軽に駆け回り演奏を繰り広げる姿は見ていて楽しい。rokapenisのVJと合わさって、彼らの言葉を借りれば”磁気テクノロジーが現実の有様を超えて発展したマグネティックパンク世界を妄想”させるパフォーマンスとなった。

和田永を中心に活動しているプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」は2018年にオーストリア・リンツのメディア芸術祭「アルス・エレクトロニカ」でも科学、テクノロジー、アートを融合した作品表彰「STARTS PRIZE」を受賞し、国際的にも評価されている。2021年上旬には新作をリリース予定とのことで、進化を止めない活躍に目が離せない。

幼少期から10代を日本・パリ・ 香港で過ごし、現在は東京を拠点にシンガーソングライター/トラックメイカー/DJと幅広く活躍するMaika Loubté。ノスタルジックで浮遊感がありつつ芯のあるMaikaのボーカルに、今回はサポートのSountriveによるフィールドレコーディングの効果音が加えられ、生演奏も多めに新しい境地を感じられた。Yosuke OnoのVJは、ネオンイエローのトップスが映えるMaikaのリアルタイム実写映像にエフェクトをかけ、変化し続けるビジュアルでステージに立体感を与える。MaikaがTwitterで”裏テーマは「マンパワー」でした”と語る通り、三者のコラボレーションが生み出す複合的パフォーマンスで会場を楽しませた。

自然の音やサンプリング、音響プログラミングなど様々な音をコラージュしたサウンド表現で知られ、クリエイティブレーベル・メディアラボ「Laatry」主宰のkafukaことKazuomi Eshima。そして、KezzardrixことRyo Kandaは、プログラミングとDCCツールを駆使した表現で様々なアーティストのライブビジュアルやMVを手がけるほか、プログラマ集団backspacetokyoのメンバーでもあるビジュアルアーティスト。

今回の2人のコラボレーションでは、記号的でハイなエレクトロニックサウンドと強烈で没入感のある3D映像が見事に合致して、客席をのみ込むように拡張する。ハイテンポに展開をくり返しながら映像内を移動していく視聴覚体験はさながらメタバース空間にいるようで、今春にゲーム『フォートナイト』で開催されたトラヴィス・スコットのライブを想起させた。或るライブパフォーマンスを観る観客の様子をテレビモニタで寝ころびながら観る、というメタ化にメタ化を重ねた映像コンセプトもシニカルで興味深く、まるでストリームホールにいる自分たちが誰かに監視されているような不思議な感覚だ。

RhizomatiksのDaito Manabeは「今日は座って聞いてもらうタイプの会場なので、実験映像を見てもらうことにします」とうことで、一風変わったステージとなった。アーティストでありインタラクションデザイナー、プログラマ、DJであるDaito Manabeは、身近な現象や素材を異なる目線で捉え直し組み合わせることで作品を制作し、身体、プログラミング、コンピュータそのものが持つ本質的な面白さや、アナログとデジタル、リアルとバーチャルの関係性、境界線に着目しながら、幅広い領域で活動する。今回は、音楽を聴いた時に映像や幾何学模様といった視覚情報が頭に思い浮かぶという脳内の活動に注目し、京都大学の神谷之康教授との共同プロジェクトの途中経過を披露。機械学習を用いて脳信号を解読する「ブレイン・デコーディング」を用いた実験だ。

頭の中に思い浮かんだダンスを抽出してバーチャルダンサーに踊らせるという実験のデモビデオ。”キャプションのアルゴリズムの解説だけでなく単純に映像自体も楽しんでみてほしい”と本人が話す通り、Daito Manabe本人を模したアバターが激しくダンスするオーディオビジュアルは興味深かった。現状はプロトタイプだが、来年には何らかの形で発表できそうとのこと。

DAY2のトリは、ベルリンと東京を拠点に活動する日本人プロデューサー / コンポーザーのKyokaと、メディアアーティストShohei Fujimotoによるパフォーマンス。実験的でありながらダンサブルなビートと、データ分析・活用による生み出された本質的でユニークな空間演出が融合し、プリミティブで数学的な知覚体験と、座って居られないような高揚感をもたらした。

会場にはスモークがたかれ、スクリーンの映像と、ステージ上下から規則的に発射されるレーザーが交差し、円と線がおりなして新たに別の形式が見えてくる。脳内を幾何学的なものに支配されつつ身体はリズミカルに突き動かされ、視聴覚から心身に与えられる刺激が新鮮だった。

音とビジュアルで自然に対峙する

DAY3のスタートは、Eiichi SawadoとAkiko Nakayamaのコラボレーション。音楽家、音楽理論家、ピアニストであるEiichi Sawadoによるエレガントなピアノの音色に合わせ、Akiko Nakayamaがリアルタイムで液体を用いた作品を創造しスクリーンに投影する。

個体から液体までさまざまな材料を相互に反応させて描くAkiko Nakayamaの「Alive Painting」において、色彩が混ざりまたは分離し変化していく様子は即興的な詩にも見え、ときに星空のように、ときに体内細胞のように見える。”自然と絵が展開→展開したことで次の反応という具合で、新境地でした”と後日に本人が発信していた通り、手を加えなくても勝手に変化していく作品には、生命が宿っているようで神秘的だった。

Eiko IshibashiとJim O’Rourkeのコラボレーション。80年代後半から活動するJim O’Rourkeは言わずと知れたアメリカ人音楽家で、プロデューサーとしてグラミー賞受賞歴を持つ。その音楽スタイルは多岐にわたるが、今回は電子音楽家でありプロデューサー、シンガー・ソングライターであり楽器奏者でもあるEiko Ishibashiとのコラボレーションで、フルートやハーモニカも用いられた。牛の声や鐘の音、人々の笑い声など、映画のワンシーンから抜き出したようなサウンドを複雑にアレンジし、ユニークでミステリアス、どこかSF映画のような難解で魅惑的なパフォーマンスを見せた。

インダストリアルなテクノサウンドと自身の声や自然音をブリコラージュさせた音楽性で知られるプロデューサーYuri Uranoと、ビジュアルアーティストManami Sakamotoのコラボレーション。色彩のない深い森や大海原、モノクロの自然を旅するような映像が、飛ぶ鳥の視点、船窓からの視点というように、抽象と具象を行き来して観客に旅をさせる。

波の音、鳥や動物の声が用いられたサウンドにYuri Uranoのボーカルが加わり、ときに讃美歌のようなヒーリングサウンドが空間をつつむ場面も。自然による癒しと自然への畏怖が共存するような、壮大なパフォーマンスを魅せた。

K-POPシンガーからエレクトロニック・ミュージックに転向し、国際的な支持を受けるmachìnaは、モジュラーシステムにより作成されたアナログサウンドと、詩的なボーカルが印象的で、小柄だが大きな存在感を放った。鳥かごに入ったテスラコイルで発生する小さな稲妻がVJビジュアルに、そして静電気の音がパフォーマンスにさらなる刺激を加え、BPMが高まるにつれ電磁的ノイズが空間に走り会場が沸いた。

DAY3の最後は、大阪拠点のテクノプロデューサーAOKI takamasaと、ヒップホップからダブ、エクスペリメンタルまで様々な音楽を横断していくアーティストBunことFumitake Tamuraの2人によるビートプロジェクト「Neutral」。テクノとヒップホップのどちらにも寄らないBPM、ミニマルなリズムと緩やかなサンプルでニュートラルなサウンドを目指すスタンスがユニットネームの由来。

感染症対策ルールにより酒類の販売はなく、リアルイベントとはいえ着席して観るスタイルが中心だったMUTEK JPだが、ここで中盤から手拍子が起こり、客席のオーディエンスが立ち上がり始めた。知性とユーモアが感じられる2人のパフォーマンスは次第にヒートアップしていき、最後には全員が踊って楽しむという感動的なフィナーレで幕を閉じることとなった。

突然変異の最先端

今回のリアルイベントの様子は、世界中にいる30万人のMUTEKファンに向けて配信され、チャットでのリアルタイムコミュニケーションも行われた。また、2021年1月1日まではアーカイブにアクセスでき、日本版だけでなくメキシコで開催されたライブも観覧が可能だ。なお、トークイベントが聞けるオーディトリウムや、アーティストの作品が観覧できるヴァーチャルギャラリーといったコンテンツも別途ラインナップされている。

コロナ禍を受けヴァーチャルプラットフォームを活用することとなった今年は、モントリオールからスタートし、世界各地で開催され長期にわたるリレーのような形式となった。メキシコチームとのコラボレーションなど、「MUTEK」のグローバルネットワークがふんだんに活用され、オンラインならではの国境を越えた同時開催により連携も深まったとも言える。

MUTEK.JPの主催者である、岩波氏、モーリス氏、竹川氏(左から)。「例年と違ってワンベニューとなった今年は、初めて組む人も多かったが海外組も含めて優秀なチームと連携できて楽しい現場になったし、オンラインならではの国際的なコラボレーションもあった。配信も、YouTubeやTwitchのような既存プラットフォームではなく独自のヴァーチャルプラットフォームをつくることにこだわって協力し合った結果、良いものが構築できたと思う」とのこと。三人で写真を撮るのはめずらしいそうだが、日本における第1回目の開催当初から変わらないコアメンバーで、現場でも毎日アーティストと話しながら運営を楽しんでいる様子が印象的だった。

今回レポートしたリアルイベントについては、人数を絞った各日150名ずつのチケットが販売開始直後に完売したそうだ。電子音楽、デジタルアートの祭典と位置づけられると、マニアックなコンテンツだと感じられるかもしれないが、長年にわたり媚びずに質を追及してきた結果、日本でも確実なシーンができあがっている。

「MUTEK」の由来は「MUSIC」と「TECHNOLOGY」が中心だが、そのなかに含まれている「MUTATION(融合)」の概念も重要視されているそうだ。その思想の通り、世界中のアーティストたちがMUTEKならではのコラボレーションにより”融合”することで、アーティストもオーディエンスも新境地を体験できるのが一番の魅力。今後も、”テクノロジーの進化に伴う音楽の突然変異を最前線で追い続けながら、音楽とテクノロジーが対話する世界を探求する”というビジョンを追及し続けしてほしい。


Photo: TETSUTARO SAIJO
Text: REIKO ITABASHI