2020年、突如全世界をパニックに陥れた感染症。普段は目に見えないウイルスという存在によって人間社会は今までにない規模の危機に晒され、ウイルスという存在を意識せざるを得なくなった。VIROSPACE by METACRAFT(バイロスペース バイ メタクラフト)は、そんな突如人間社会の前に現れたかのようにも思えるウイルスという存在を、最先端のテクノロジーで表現することを試みた展示イベントだ。

展示のタイトルであるVIROSPACEは、VIRUSとSPACE、ウイルスの外観から連想されるエイリアンや小惑星のイメージを結びつけている。肉眼で観察することのできないウイルスという存在を、表現として昇華させるには想像力の飛躍が不可欠だ。

横浜からほど近い関内駅前の商業ビルCERTEの一角で開催されているVIROSPACEでは、西條鉄太郎率いるクリエイティブチーム、メタクラフトが企画・総合ディレクションを行う。手掛ける作品ごとに流動的にチーム編成を変え、メディアの枠を超えた作品づくりを行っている。

ウイルスの世界にダイブする[ANTI SOCIAL BEHAVIOUR ORDER・GO TO TRIP]

エントランスでは体温検知器によって入場者の体温計測が行われる。小さなディスプレイには、サーモグラフィーカメラを通した自らの顔が映し出される。

まずエントランスで目に留まるのは、大型ディスプレイに映し出される映像作品。WEAR A MASKという文字とビビッドな色彩の映像が重なる作品だ。実は、エントランスそのものにも作品としてタイトルが付けられている。「ANTI SOCIAL BEHAVIOUR ORDER」と題されたこの作品は、入場者に社会的な秩序のある行動を心がけるよう呼びかけるメッセージでもある。

また昨今のパンデミックを受け、世の中が人の流れや行動を監視するような管理社会に向かっているという意見もある。「ANTI SOCIAL BEHAVIOUR ORDER」は、デジタルチケットを使ってエントランスを通り、入場するまでの一連の流れをディストピアの比喩として表現する意味合いも持っている。

VRアーティストのGod Scorpionが画面構成を手掛ける様々なウイルスの3D映像が浮かび上がる。

エントランスから展示スペースに入ると、ポップな色彩のウイルスをプロジェクションした作品に出迎えられる。「GO TO TRIP」と題されたこの作品は、様々なウイルスの形と色彩から、その多様性を認識させてくれる。VIROSPACEの作品群の中では「GO TO TRIP」が最もウイルスのディテールに忠実な表現になっており、ここから展示スペースを進むにつれてイメージの抽象化が進んでいく。

左からメデューサ、バクテリオファージ、コロナウイルスと、3種類のウイルスのプロジェクションマッピング作品が展示されている。

物質化された「神話」たち[3MYTH]

「3MYTH」は3種類のウイルスの約1,000万倍模型にプロジェクションマッピングをした作品。タイトルは3密をかけた言葉遊びでもある。コロナウイルス、バクテリオファージ、メデューサという3種類のウイルスが取り上げられており、プロジェクションが投影される模型は、ウイルスのスパイクなど、各種の特徴を的確に表現している。

模型の制作を行ったN&R FOLDINGS JAPANの川本氏にとって、ウイルスという見えない存在に形を与えることは、インダストリアルデザインの面白さと結びついていた。「どんな物なのか見たこと無いもの、見えないものを物質化してこの世界に召喚してくる仕事がインダストリアルデザインの面白さの1つで、それはウイルスを巨大化するという作業の中でも存分に味わえた。1000万倍に大きくしたウイルスをどう具現化するのか、私なりのストーリーと解釈で素材を選び設計する楽しい作業でした」

プロジェクションの映像はウイルスの外観からインスピレーションを受けたそうだ。なかでも正多面体のメデューサからは、曼荼羅など古くからの幾何学的なイメージが連想され、映像のインスピレーションになったという。

バクテリオファージの特徴的な形にはファンも多く、模型としても見事に再現されている。

コロナウイルスとバクテリオファージは数多く存在するウイルスの中でも認知度は高い。同じく取り上げられているメデューサと呼ばれるウイルスは2019年に北海道で発見されたものだ。アメーバの体内に侵入し、石化させるためギリシャ神話から由来した名前がつけられた。ここに取り上げられている3種のウイルスの中でも、メデューサによって宿主が引き起こされる症状は特異であり、ウイルスという存在の多様性を感じさせる。

生物と非生物の間を踊る[SOCIAL DISTANCERS -VIRAL INFECTION-]

しばらくフロアに入っただけで粒子はみるみるうちに増えてゆく。暗闇の中を飛び交う粒子の動きは、見ている人を未知の感覚に誘う。(Dance:@ritty_days)

VIROSPACEの展示の中で4つ目の作品となるのは、ゲーム作品の「SOCIAL DISTANCERS -VIRAL INFECTION-」だ。黒く染まった空間の中で、赤いウイルスの粒子が飛び交う。プレイヤーがフロアに踏み込むとその周りが円で囲まれ、円にウイルスがぶつかると粒子が倍になって反射していく仕組みになっている。複数のプレイヤーが同時にフロアに入りゲームに参加すると、その分ウイルス粒子の増加スピードも加速していく。このゲームには明確なゴールはなく、円にウイルスがぶつかると発せられるノイズと、永遠に増え続ける粒子の数に、次第に圧倒されていくことになる。

「SOCIAL DISTANCERS -VIRAL INFECTION-」では、直線的に移動するウイルスはプログラムによって動く無機質な機械のような印象を与える。事実、ウイルスは生物ではなく、DNAまたはRNAしか持たない極小の粒子だ。

ウイルスは自ら増殖することができず、生物の細胞に侵入し、宿主の細胞を利用することでしか自らを複製することはできない。ウイルスの存在は生物ありきであるとも言える。このゲーム作品で表現されているのは、こういったウイルスの非生物性だ。直線上に動くウイルスの粒子と、その間を縫って不規則な動きをするプレイヤーとしての人間。これは非生物と生物の対比させた表現だと感じた。

「GO TO TRIP」、「3MYTH」、「SOCIAL DISTANCERS -VIRAL INFECTION-」の3作品においては、サウンドデザインも重要な要素の1つとなっている。LLLL(KAZUTO OKAWA)の手掛ける展示空間の音楽は、ウイルスが普遍的に日常に存在しているということを表現するために、エレベーターの音など普段生活する上で耳にする音を使っているという。もしかしたら体内で鳴っているのはこんな音なのではないか、気がつくと自分がウイルスとして生物の体内に入り込んでしまったのではないかと思わせる音でもある。聴覚を刺激する音もVIROSPACEという展示の体験を形作る不可欠な要素だ。

コラボレーションという「進化」[COEVOLUTION・VISIBLEMAN]

展示空間の最後のスペースは「COEVOLUTION」というタイトルが付けられたゲストアーティストの展示スペースとなっている。現在展示されているのは、アーティストKeeenueの立体バルーン作品、「VISIBLEMAN」だ。バルーンを包み込むように、床と壁にもカラフルなグラフィックが施されている。バルーンそのものがウイルスで、スパイクなどの形状を模しているようにも見える。あるいは、バルーンが人で、そのなかのボールがウイルスとも見て取れる。見る側の想像力によって様々な解釈が生まれる作品だ。

Keeenueのポップで奇妙なキュートさが立体として目の前に現れる。実際に対峙すると大きな存在感を放っている。

Keeenue自身にとっても、作品制作を通してウイルスについて改めて考えることは新鮮な体験だったようだ。「普段目に見えていないものが体のフィルターを通した時だけ見えてくるってなんだかワクワクするし、その瞬間自分の中に未知なるウイルスが存在してるんだって思うとおもしろい。けれど、やっぱり病気にはなりたくないなと思いました(Keeenue)」

併設されるカフェエリア、無料展示エリアにはアーティストのELLYLANDによるミューラル作品「UPSIDEDOWN」を見ることができる。その他、METACRAFTが手掛けたJP THE WAVYのMV撮影に使用された宇宙服の展示も行われている。

また、ポスターや、展示外壁のウイルスを8ビットで表現したようなポップなデザインを手掛けたグラフィックデザイナー、MESSからもコメントが寄せられている。「ウイルスに対する視点を変えてアートとして捉えてみるという展示ということで、ポスターもウイルスの形をそのままカッコいいグラフィックにしたいと思い制作しました。ウイルスの形として美しさを感じてもらえたら幸いです(MESS)」

想像力が生み出すオルタナティブな未来

VIROSPACEの展示が開催されるに至った経緯にもコロナウイルスは深く関わっている。VIROSPACEのあるCERTEは横浜からほど近い関内駅前の商業ビルだ。もともと横浜市庁舎が関内にはあったが、その移転とコロナの影響を受けて今までの賑やかさを失ってしまっている。ビル内のテナントも撤退を余儀なくされているなか、なにか盛り上げることができないかとMETACRAFTによって企画されたのがVIROSPACEだという。

ワクチンや予防によりウイルスに感染することを個人単位で防ぐことはできても、根絶することは困難だ。ウイルスの根絶が現実的ではない以上、人間社会は共存の道を探らなければならない。もともと人間社会とウイルスは共存してきた歴史もある。しかし、現時点で一般社会が持っているウイルスの知見は感染防止に対する科学的なものがほとんどだろう。

だが、人間社会がウイルスと共生していくビジョンを打ち出す必要がある中で、ウイルスに対して多角的な別の視点が提示されてもいい。そのためには、肉眼で確認できない存在を認知しようとする想像力の飛躍が必要不可欠になってくる。VIROSPACEは、そんな新たに訪れるウイルスとの共存へのヒントを示す展示なのだ。


Photo: VICTOR NOMOTO
Text: MASAKI MIYAHARA