拡張するアイデンティティーとテクノロジーの表現

MUTEK JPでのパフォーマンスや、ロンドンのNTS Radioへのミックス提供、Hong Kong Community Radioでのマンスリーレジデンス、今年6月にはEP『Made of Air』のリリースなど国境を超えて活動するDJ、アーティストである鶴田さくら(Sakura Tsuruta)。自身の楽曲では繊細さ、DJミックスではポップさ、それぞれの側面を縦横無尽に表現する。彼女のルーツとインターナショナルに活動するなかでの立ち位置、そしてエレクトロニックミュージックという表現の向かう先を探る。

音楽療法から得られた気づき

2017年にアメリカから帰国した後、DJ、アーティストとして東京を拠点に活動を始めた鶴田。彼女はアメリカの音大で音楽療法を学んだ後、再度音大に進学し、デザインとエレクトロニックミュージックについても学び直したという、異色の経歴の持ち主でもある。彼女がエレクトロニックミュージックに関心をもつきっかけとなったのは、音楽療法を通して感じた可能性からだった。

「アメリカで音楽療法を勉強した後は福祉施設に勤めたりしていました。普段は音楽療法士はギターやピアノなどの和音が弾ける生楽器を用いることが多いんですが、私はラップトップも楽器の1つとして活用できるのではないかと思ったんです。そこで行ったラップトップとコントローラーなどを使ったアクティビティーが意外に好評だったんですよね。

ピアノやギターなどの楽器だと、テクニックの面で身体の不自由な方だとちょっと抵抗がある場合が多いんです。対してコンピューターの場合は、出したい音が簡単に出せるということが大きなメリットでした。私自身、その試みが好評だったことから、テクノロジーを音楽に用いることが、こんなにポテンシャルのあるものだったんだ、という気づきを得られたんですね。

それからはいままで音楽を演奏することや療法としての部分でしか考えていなかったところを、より根源的なことまで考えるようになっていきました。そしてまた同じ音大に進学し直して、デザインとエレクトロニックミュージックのプロダクションを学びました。今度は周波数やオシレーターの音のような、さらに深いレイヤーで音楽を理解することができました。そこで改めて私も音楽をつくりたい、と思ったのがエレクトロニックミュージックを始めるきっかけになったんです」

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軽やかにアイデンティティーを行き来する

音楽療法を通じて人と音楽の繋がりを直に見てきたからこそのものではないか。鶴田自身の楽曲には、そう思わせる説得力と繊細さを持っている。一方で彼女がHong Kong Community RadioやNTS Radioに提供するミックスは、ポップな楽曲も織り交ぜ、グルーブを行き来する自由さが垣間見えるものになっている。一見両立が難しいだろうと思える、異なるスタイルを成立させている彼女のバランス感覚はどこからくるものなのだろうか。

「私がDJをする時やミックスを録る時と、アーティストとして楽曲をつくったりオーディオビジュアルセットをしている時では、脳のまったく別の部分を使っています。まずDJとしてミックスを提供したりクラブでプレイする時には、人を踊らせる義務があると思っていて、いかにみんなが踊ってくれるようにテンションの上げ下げをするかをメインに考えています。逆に私が自分でつくっている楽曲はそこまでダンスミュージックと呼べるような構成ではあまりなくて、そもそも踊らせようと思ってないんです。

でもアーティストとDJ、2つのアイデンティティーが一緒じゃなくてもいいと思うんですよね。複数のアイデンティティーを自分として認められるようになってからは、より活動に対する視野が広くなったように感じています。制作やDJをするだけでなく、オーディオビジュアルセットや、アンビエントな音を映像に合わせる、そういった他のパフォーマンスの形態や新しいことにチャレンジしやすくなりましたね。あとは単純に好きなことが多すぎて選べないというのもあると思います。DJをするのも、制作するのもパフォーマンスをするのもすごく好きだし、ジャンルもなんでも好き。それを全部混ぜ合わせた結果がいまの活動になっているんです」

好きなものをDJ、プロデューサー、パフォーマーなど複数のアイデンティティーとして落とし込むことで、より幅広い活動が可能になったと語る鶴田。そんな彼女は日中は企業に勤めているという、また別のアイデンティティーももっている。仕事とアーティスト活動を両立させ、限られた時間の中でのアーティストとしての制作は、少しずつ要素を積み重ねていく作業になるという。

「制作スタイルに関しては完全にルーティーン化していますね。というのも、わたしは制作活動と日中の仕事を両立している身なので、1日の中で制作に当てられるのは4、5時間なんですね。その中で何ができるかというのを考えていて。なので曲を一気につくり上げるという意識ではなくて、1日のゴールがこの音の素材を決める、この部分のサウンドデザインをする、タイトルを決めるというような、部分的なものになってきます。そういう小さい要素の積み重ねが1曲になっていく感じですね。没頭して制作ができるのは、週末などのまとまった時間が取れる時になります」

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DJ、アーティストとしてのアイデンティティーと社会の中でのアイデンティティーを行き来する鶴田。インタビューの中では、女性としてのジェンダー問題への言及から、アジア人、日本人としてグローバルに活動することなど、また異なった角度から見たエレクトロニックミュージックとそのシーンについて話は及んだ。

鶴田自身が女性としてアーティスト活動を行う中、エレクトロニックミュージックのシーンにおける現在の女性の立場というトピックは避けては通れない。これは鶴田も意識しているポイントの1つだという。

「ジェンダーの問題は、活動しながら意識しているポイントの1つです。エレクトロニックミュージックシーンで活動している女性のアーティストはまだ少ないのは事実です。だから、イベントのブッキングなどで、男女比が半々にならないのは仕方ないところはある。ただ、それでも女性の活動は少なすぎると感じています。

わたしの周りにも女性のアーティストは少ないですし、イベントに出る時も自分1人が女性の時がほとんどです。女性のアーティストがお互いを高めあえるような環境が、世界を見てもそうですが日本にも少ない。今後さらに女性のアーティストが学べたり、交流したりできる機会が増えていけばいいなと思います」

ジェンダーを超えてエレクトロニックミュージックのシーンで活動する鶴田。エレクトロニックミュージックのシーンはもちろんのこと、社会全体でよりインクルーシブな環境を築くことに彼女は今後の期待を寄せる。

ジェンダーというアイデンティティーに加え、Hong Kong Community Radioなどアジア圏でも活発に活動する鶴田。小さい頃は本名である鶴田という苗字が珍しかったため、コンプレックスだったという。成り行きで本名で活動するようになった彼女は、いまでは「鶴」「さくら」という日本的なモチーフが名前に入っていることに意義を感じてもいる。アジア人、そして日本人としてアーティスト活動をし、インターナショナルに活動することはどういった意味をもっているのだろうか。

「いちアーティストとして、私は日本人だし、アジア人なので、アジアのコミュニティーを発信していくことは意識しています。なのでHong Kong Community Radioからのオファーがあった時は、ぜひやりたいですとお受けしました。香港はやっぱりアジアのハブなので、そういったところで私の音楽を聴いてもらって、新しい刺激になれれば嬉しいなと思っています。

音楽的なところで言うと、和風な和音を使ったり、フィールドレコーディングをして録った音をリズムに使ったりしています。それは、私の身の回りにある音なんです。日本に対するステレオタイプな表現とは異なる日本らしさがあることをわかってもらう機会になったら、うれしいですね。

だからこそ、日本人というアイデンティティーを妥協せずにやっていきたいという思いがあり、ます。最初からステレオタイプに合わせて、オーディエンスの求めているものに合わせていくことも表現の1つではあると思います。ですが、私の場合は自分がやってみた表現がどこに受けるかという、逆のやり方なのかなと」

アジア的、日本的なステレオタイプに甘んじてしまう、そんな表現も多く目にするいま、鶴田は妥協せずにありのままに身の回りの日常をアジア、そして日本として表現することを試みている。

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エレクトロニックミュージックとテクノロジーとの距離感

鶴田が多様なアイデンティティーの表現として扱うエレクトロニックミュージック。それはテクノロジーとは切っても切り離せない関係性にあるが、彼女は音楽を通じてテクノロジーとの適切な距離感も導き出しているようだ。制作においてはテクノロジーを最大限に活用しつつ、その反面、いい意味でのテクノロジーに対する諦めがあるという。

「パフォーマンスをしている最中でも、コンピューターはいつ電源が落ちるかわからない、という感覚は常にあります。ただ、それがテクノロジーとの付き合い方なんだろうと、いい意味での諦めがあります。でもその分、几帳面な性格もあるのでバックアップは何重にもとっています。バックアップのバックアップのバックアップがあるくらいですね」

テクノロジーの不完全な部分とも、折り合いをつけてうまく付き合っていく、そんなテクノロジーとの距離感を話してくれた鶴田。彼女がインタビューの中でロールモデルとして挙げた人物に、アメリカのHolly Herndonというアーティストがいる。鶴田は、Herndonがもつコンピューターという現代社会の日常に根ざしたものから音楽を創る姿勢に共感しているという。日々の生活を、コンピューターを使って完結させてしまえる時代に、そこから音を紡ぐという、より深い関わりをもった鶴田。その体験があるからこそ、実感を持ってテクノロジーとの距離感を導き出すことができたのかもしれない。

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テクノロジーに秘められた表現の可能性

テクノロジーが不完全なものである反面、鶴田自身そこに大きな可能性を見出してもいる。エレクトロニックミュージックにおいて、テクノロジーの進歩や新たな電子楽器の登場によってシーンが革新されるということは過去に何度も起こっている。例えば80年代には、ドラムマシーン、TR-808の登場によってアシッドハウスと呼ばれるジャンルが生まれ、エレクトロニックミュージックの1シーンを形づくった。今後のテクノロジーの発展がエレクトロニックミュージックに革新をもたらすとしたら、それはどこからやってくるのだろうか。鶴田は、自動生成やジェネラティブな音にその可能性があると話してくれた。

「例えば人工知能を利用してランダム化させたジェネラティブに自動生成されるような音、つまり人間が関与できないエリアで生成されたものを私たちがどう扱うかでパフォーマンスや制作の幅も変わってくると思います。自動生成されているから、ランダム化されているから人が楽をしているというわけではないと思うんですよね。私はそれは人ができないところをコンピューターに補ってもらっていると考えています。そういう部分をビジュアルにマッピングしてみたり、普段とは異なる音色をランダマイズさせたら面白いかもしれない。私たちがもっていない、欠けている部分をコンピューターに任せた表現に期待したいなと思います」

人間の持っていない表現をコンピューターに任せ、それをいかに補い表現として昇華するのか。人にとっては未知の領域に踏み込み、テクノロジーとの補完関係を築く。それはエレクトロニックミュージックに限らず、テクノロジーへと重心が傾きつつある現代社会にも通じていく考え方ではないだろうか。

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鶴田さくらはDJ、アーティストとしてのアイデンティティーを軽々と行き来して音を紡ぎ出している。等身大の日本を表現し、ジェンダーを超えてエレクトロニックミュージックというシーンの中で活躍する彼女は、不完全なテクノロジーと人間同士が補完し合う未来の表現を形づくってゆく。鶴田の音楽は、これからも境界線を飛び越えて鳴り響くだろう。


Photo: VICTOR NOMOTO
Text: MASAKI MIYAHARA