COVID-19禍で営業停止を余儀なくされていた商業施設も再開し、リアルなイベントも息を吹き返し始めている。猛暑が続いた8月から一転、9月に入るとともに暦を理解しているかのような涼しさを見せた東京。9月20日(日)、食をテーマにしたイベント「Hearth Kitchen」が開催された。"Hearth"(ハース)は、組織や企業、フィールドの垣根や領域を越えた個人同士が繋がるコミュニティでありプラットフォームだ。一定の価値観や固定観念にとらわれることのない、自由な社会環境の実現を加速させる触媒としての役割を目指すものだという。当日は昼間にマーケットとトークセッション。夜は気鋭のレストラン「Kabi」によるスペシャルディナーというプログラムで行われた。
会場は、アートウィーク開催中の渋谷パルコの10F屋上にある「ROOFTOP PARK」。
屋上テラスを利用した開放的なイベントスペースとなっており、誰でも出入りできる自由な空間だ。
日中は野菜のほか、お茶やジュース、観葉植物など、こだわってセレクトされたアイテムが販売されるHearth Kitchenオーガニックベジマーケットが展開された。パルコ1Fの「THE LITTLE BAR OF FLOWERS」、目黒のヴィンテージショップでありながら湘南野菜を取り扱う「Atomic Lunch Market」などがブースを出店した。
出店者のなかでも一際目を引くのは、「Crazy Farm」のカラフルな野菜たちだ。主宰の石毛康高は、山梨県北杜市小淵沢町で、主にレストラン向けの西洋野菜を中心に年間約70品目に及ぶ作物を農薬や化学肥料を使わず栽培している。
見たこともない美しさの野菜たちがぎっしりと詰まった箱を前に足を止める人々。目を疑ってしまうようなまぶしい色艶が、子どもから大人までを釘付けにした。しかも1000円で袋に詰め放題という大サービス。その隣に並ぶ養鶏農場「ROOSTER」の平飼い卵も即完売。
Hearth Kitchenのメインビジュアルとして会場に貼られていたものは、実は大判のZINEだ。誌面には出店者たちへのインタビュー、Crazy Farmの農園見取り図などが描かれている。ポスターやZINEをはじめとしたグラフィックデザインは、グラフィックデザイナー・岡﨑真理子氏によるもの。
主催者のひとりである清水雄太によれば、昨年の秋から”Hearth”の構想は生まれており、本来は山梨県にクリエイターを集めてフォーラムやイベントを実施する予定だったという。あえてオリンピックの期間に、ゆっくり食や自分、暮らし方と向き合うという意図だったが、COVID-19の影響を受け、今回のイベントからスタートすることになったそうだ
テラス側には、愛媛から参加した笑顔いっぱいのミカンジュース屋「Tangerine」。ロゴやパッケージも可愛らしい。
いつの間にか来場者の女の子が看板娘としてミカンを配ってくれる場面も。出店者も来場者もオープンマインドな一日だ。
農業用廃プラスチックと総称される、使用済みビニール、肥料袋、育苗箱など、農業を行なう上で使用されるプラスチックを再利用した手づくりのショッピングバッグも販売された。廃棄されるはずだった袋のリサイクルになるだけでなく、耐水性があるものや、丈夫で軽いなど素材としての機能性も高い。
静岡から出店したお茶屋さん、「CTCL(change tea change life)」。
チャーミングなTシャツが目を引くこちらのチームは、赤ちゃんやペットでも安心して使える除菌スプレー「ナノシーPt」の出店だ。
マーケットのそばでは、昼時から夕刻までKabiのナチュールワイン&スナックスタンドが登場。
ヴィーガン・ラップサンドをつくるのはKabiの山本氏。たっぷりの野菜、卵の代わりに豆乳を使ったヴィーガン・ジンジャーマヨ、動物性の脂を使わない焼きナスのコクと旬の和梨のソースがカジュアルフードを感動の美味しさへ格上げしていた。
ラップサンドのさまざまな野菜の食感と秋らしい香り豊かなソース。同じくKabiの竹内氏がその場でセレクトしてくれるナチュールワインと合わせて、驚くべき食のマリアージュを気軽に楽しめた。
マーケットと並行し、食にまつわる3つのトークも開催された。1回目のトークはワインの乾杯からスタート。CYKのKotsu(DJ)、ery(Illustrator/Designer/Artist)、田井將貴(Kabi シェフ)、大森澄也(Kabi ソムリエ)とユニークなメンバーが集まり、「コロナ自粛期間中のキッチン 空間と楽しみ方」をテーマに、それぞれの自炊へのこだわりが語られ盛り上がった。音楽を楽しむことと食を楽しむこと、その共通点や違いについてさまざまな視点がぶつかり合い、興味深い内容に。
2回目のトークは「農業を通して見えてきた、自分で生きること・つながりの中で生きること」がテーマだ。震災をきっかけに山梨県北杜市への移住を決めた元バンドマンで農家を営む徳光康平と、COVID-19禍の自粛期間に農業へ興味を持って自らもチャレンジしたというmiu(Model)が、それぞれの異なる視点から見た”生き方”を語った。
会場内の見事なテーブルデコレーション。これらにもCrazy Farmの野菜が使われている。
テーブルデコレーションはアレキサンダー・ジュリアンが手がけた。大きなアロエにはグラフィティアートのようなアクセントが加えられている。
3回目のトークはKabiのシェフ安田翔平とソムリエの江本賢太郎、そして山梨でCrazy Farmを営む石毛康高という座組み。テーマは「食のものづくりと表現:食を作ることと伝えること・受け取ってもらうことについて」だ。土づくりから徹底的にこだわる石毛氏と、料理もワインも「過程が大事」というKabiの二人は意気投合。
Kabiの安田氏と江本氏は普段からナチュールワインを飲むのが大好きで、この週も連日朝まで楽しんでいたという。ワインも生きものだから、”今日はワインの調子が良くて最高に美味しい日”というのがあるそうで、深夜にセラーの前へ行くと「今日、俺イケるよ!」とワインが語りかけてくることもあるんだとか。
群馬県嬬恋村の野菜をKabiに提供しているレイ氏もトークの終盤に飛び入りで登壇した。彼がKabiへ自身の野菜を売り込みに来た際、緊張して何も言えないまま帰ろうとし、その様子を見た江本氏が「何をされている方ですか?」と思わず逆に声をかけたことが初めての出会いだったという。ここでしか聞けないであろう、彼らの仲の良さが伝わってくる笑いに溢れたトークで、会場も暖かなムードに包まれた。
トークの前後、いつもと違うキッチンで下ごしらえにかかるKabiのメンバー。今夜のスペシャルディナーの準備だ。
日が暮れ、いよいよディナータイム。この日の天気は不安定だったが、まばらに降っていた雨も落ち着いていた。人数限定のディナーだったため、チケットが当選した運の良い参加者だけが屋外のテラスに集まった。
ディナーは、前半(18:00~)と後半(20:30~)の2回に分かれ催された。渋谷の夜景をバックに、各回30名が長テーブルに腰かける。8mにわたるテーブルやイスは、今回のイベントのために建築設計事務所「Sawada Hashimura」によってデザイン、Hearthチームにより手作りで制作されたものだそうだ。
今回のイベントのためだけにつくられたKabiのコース(料理5品・ドリンク3種)が8,000円で楽しめる、特別な夜である。
室内のテーブルと同様、アレキサンダー・ジュリアンが野菜や植物でデコレーションした食卓を囲み、その楽しい雰囲気のためか初めて会う参加者同士でも会話が弾んでいる様子だった。
今回のメニューには、Crazy Farmの個性的な食材たちがふんだんに使われた。香草と色とりどりの野菜の下に、酸味あるスープがたっぷり。
ドリンクをつくるKabiの江本氏。料理だけでなくドリンクにも、Crazy Farmの唐辛子などが使われている。
今回しか味わうことが出来ないかもしれない、特別なKabiの料理が振る舞われた。これは表面を割って手でいただくタコス。どんな味や食感なのか、見た目だけでは想像のつかないメニューが五感を楽しませてくれた。
メインの肉料理にはその場でバーナーの焼き目がつけられた。こんな風に屋外でちょっとしたキャンプ気分を味わえるのも、リアルイベントならではの魅力だろう。
焼きたてのやわらかい鹿肉と、その旨味を鮮やかに引き立てるソースが会場の人々をうならせた。
ドリンクはノンアルコールまたはアルコールのペアリングから選べる。こだわって選ばれたナチュールワインのほか、オリジナルカクテルも。
コースの最後はパティシエの中村樹里子氏がつくったデザートで締め括られた。秋の夜風に吹かれながら、多幸感たっぷりのコースを楽しんだ来場者たちは、お腹も心も満たされ、笑顔で会場を後にした。
Hearth Kitchen(09.20.2020|Tokyo)
Hearth(ハース)は、オンラインで知識やアイディアを蓄積するHearth、フィジカルな場所に集まり会話をするHearth Forum、そして食について知り、会話し、考えるHearth Kitchenを軸に活動を展開予定とのこと。〈Instagram〉
・会場
Shibuya PARCO ROOFTOP PARK(渋谷パルコ10F)
・タイムテーブル
11:00−17:00|マーケット・軽食販売
12:00–15:15|Hearth Kitchen トークセッション(全3回・各45分)
Talk 1(12:00–12:45)
『コロナ自粛期間中のキッチン 空間と楽しみ方』
Kotsu(DJ)・ery(Illustrator/Designer/Artist)・田井 將貴(Kabi シェフ)・大森 澄也(Kabi ソムリエ)
Talk 2(13:15–14:00)
『農業を通して見えてきた 自分で生きること・つながりの中で生きること』
miu(Model)・徳光 康平(Rooster)
Talk 3(14:30–15:15)
『食のものづくりと表現 食を作ることと伝えること・受け取ってもらうことについて』
石毛 康高(Crazy Farm)・安田 翔平(Kabi オーナーシェフ)・江本 賢太郎(Kabi オーナーソムリエ)
18:00–22:30|ディナー(前半:18:00–19:30/後半:20:30–22:00、定員各30名)
Photo: TETSUTARO SAIJO
Text: REIKO ITABASHI