魔術で自分を変化させる。新しい世界を捉える
物理的に人が集まることのハードルが高くなるなか、バーチャルに人と会う、何かを見せるためのツールとしてVR(バーチャルリアリティ)が脚光を集めつつある。そんななかでも、カルチャーシーンを中心に存在感をもっているチームがPsychic VR Lab(サイキックVRラボ)。そこで活躍するVRアーティストのGod Scorpion(ゴッドスコーピオン)は、黎明期からVR/MRを扱いながら、演劇、インスタレーションなど様々な領域で作品を発表してきた。
最先端のカルチャーを生み出したシェアハウス「渋家」から突如現れたのちに、Psychic VR Labの設立を経て、カルチャーとテクノロジーの間で最先端を走り続けている彼は、いかに魔術とテクノロジーを融合させるに至ったのか? 精神医学を起点として、哲学とテクノロジーの結節点としての「VR魔術」に行き着いたサブカルテック業界の異端児ともいえる彼に、自身の半生と、ヴァーチャルな世界を実現するテクノロジーがもたらす価値について聞いた。
Psychic VR Labには、VRに使うヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)が無数に置かれていた。
ヤンキー校とヨガ体験
——VRを現代魔術と捉え、世界の捉え方を変えることをテーマに活動されていますよね。もともと「世界の捉え方」が、他人と違うという感覚があったりしたのでしょうか。
通っていた高校が、マンガに出てくるようなヤンキー校だったんですよ。入学式で校長が「うちの学校は人を殴ったら退学です」ってわざわざ言うようなところです。退学者が多すぎて、二年生になるときにクラスが1コ減ってしまうような……。
そんな環境で、普段は山に行って本を読むような生活をしていました。気が向いたときだけ学校に行って、夏休みで補習をうけて、単位の帳尻を合わせるような学生でしたね。
——そこから、北海道大学医学部に進学されています。何があったんでしょう。
もともと、精神科医になりたかったんです。小学生のころに母と弟を海難事故で亡くして、中学生ぐらいのころに精神科のカウンセリングに通っていました。
それと並行して、自己啓発やアウェアネストレーニングをあつかった本を読みあさりました。そのなかで、精神を探求するクンダリニー・ヨーガを初めて体系化した『ニルヴァーナのプロセスとテクニック』という本と出会いました。「冒頭に、この本に書かれたことを、熟練したグル(指導者)なしで実践すると死ぬ危険がある」なんてことが書かれていて……。はまってしまいました。
あるとき、部屋でクンダリーニ・ヨーガをしていたら、視界がブラックアウトしたんです。なぜか遠くのキッチンの換気扇の音だけが聞こえて、それが近づいてくる。いつのまにか、血流や、心臓の音しか聞こえなくなっていました。
いわゆるトランス状態ですね。本で書かれていたような生命力の解放が起こっていたのか、ただ自己暗示にかかっていたのかはわかりません。ただ、認知の拡張ともいえる体験が自分に起こったことは衝撃的でした。だから、何かをやるんだったら言語学者のノーム・チョムスキーとかも好きだったので、言語階層も含めた認知に関わることをやりたいと思い、精神科医になろうと決断しました。
札幌での浪人時代、God Scorpionはホストのバイトをしていたという。「認知をコントロールできた上にモテたら最高」と思ったのだと語る。
ラジオに導かれた命名
——実際には医学部を中退されています。そのときからゴッドスコーピオンと名乗られていますよね。
意識への探求だけでなく、カルチャーも好きだったんです。当時、TBSラジオで、映画評論家の町山智浩さんやライムスターの宇多丸さん、DJの高野政所さんの番組をずっと聞いてました。
ただ、TBSラジオは北海道にまで電波が飛んでいないので、YouTubeやニコニコ動画にアップロードされた音源を聞くしかない。そんな状況だと、身の回りにそういう人がいなかった。
大学に1年マジメに通ったころ、渋谷にあった高野政所さんがやっていたクラブACID PANDA CAFEに行って、同年代でラッパー/イラストレーターとして活動するデビルスコーピオンと仲よくなり話していたら、高野政所さんから、「ゴッドスコーピオンって名乗りなよ」って言われて、今もその名前を使っています。東京にいたいなと思ったのは、その時ですね。
——いきなり休学して、東京に住みはじめたんですか?
浪人時代にホストのバイトをしていたので、貯めたお金はありましたが、知りあいも少なかったので行き先はありませんでした。ただちょうど、シェアハウス「渋家(シブハウス)」がネットで話題になっていた時期でした。もしかしたら、ここなら泊めてくれるかもと行ったら、運営の人たちと気があったんです。ここに住みたいと思ったので、休学し、渋家に住み始めました。
Psychic VR Labが開発するVRプラットフォーム「STYLY」。メディアとしての黎明期にあるVR/ARに、クリエイターが参入しやすい空間表現の場を提供したいという。
——日本のシェアハウスブーム黎明期から運営が続く渋家は、現代版「トキワ荘」とも呼ばれることもあります。tofubeatsが初期の音源をリリースしていたmaltine record主宰のtomadや、写真家としてグローバルに活躍する小林健太など、様々な才能を輩出したことでも知られていますね。
ぼくが入ったときは、移転を繰り返して4軒目の場所に移っていました。高級住宅地の渋谷の南平台にある、ニューヨークに住んでるピアニストがオーナーの一軒屋でした。地上三階地下一階建ての高級な家に、自分のような学生からクリエイターまで常に色々な人がいるスラムのような状況でした。30人くらいが住んでいて常にあらゆるタイムラインが走っていて飽きない素晴らしい場所なんだと思いました。
地下にはDJブースがあってクラブのように使えました。tofubeatsが代官山にあるUNITでDJをする前に渋家に来てデトロイトハウスをストイックにかけつづける横で、みんなで雑魚寝したり。人の流入と流出が多くて、興味があることが無限に見つかる状況でした。
——札幌で興味をもっていた、認知への興味とつながるところもあったんですか?
認知というところでいうと、演出家の篠田千明さんの『アントン、猫、クリ』ですね。まず冒頭で、行動をすべて名詞で発話していくんです。ペペロンチーノをつくるときに「ガーリック」と連呼しながらにんにくを刻む。さらに戯曲の中心として描かれていた「猫」が死ぬと、「猫」の呼び名として使われていた「アントン、猫、クリ」という言葉がセリフとして発話されず欠け落ちてしまう。人が世界を名詞的に認知しているという構造を扱う作品で、刺激を受けました。
その同時期に、現代オカルティズムを研究する磐樹炙弦さんと谷崎留美さんがやっていた魔術ユニット「東京リチュアル」の動きを見ていると、DOMMUNEに出ていた武邑光裕先生を知りました。水口哲也さんをはじめとするゲームクリエイターにも影響を与えたメディア美学者として知られる武邑先生は、オカルティズムの研究をしていたことでも知られています。インターネットを通じて拡がった世界と、もともと興味があった認知がつながってきたんです。
Psychic VR LabにあるGod Scorpionの本棚には、小説や認知学の書籍、歴史書などが雑多に並んでいた。
VR=魔術×催眠術×超能力
——様々なアーティストと触れるなかで、自身もアーティストとして活動したいと思ったということでしょうか。
ほぼニートみたいに渋家で4年過ごして、お金がなくなってきたこともあります。ちょうど「テクノロジーを使った魔術」をやりたいと思って、文化庁のメディア芸術祭若手クリエイター育成事業で「STIRICKER」という場所と感情の体積を取り扱う作品をつくっていたときに、経営者でエンジニアの山口征浩さんと出会いました。山口さんから声をかけてもらって、他のエンジニアと4人でPsychic VR Labを立ち上げることになりました。
——現在ゴッドスコーピオンさんが所属されている、VR/MRの研究開発を行なうチームですね。サイキック(超能力)という単語が気になります。
もともと山口さんは、上場企業の経営も行ないながら、MITで脳の研究もしていたエンジニアでした。彼はちょうどユリゲラーや清田益章といった超能力ムーヴに影響を受けた世代で、超能力者になりたいという思いをもっていて……。そんな彼が当時興味を持っていたのが、Oculus Rift Development Kit 2(DK2)だったんです。2014年の当時は投資家もふくめて、誰もVRが何に使えるのかわかっていなかった。
2人とも魔術や超能力の分野から催眠術にも取り組んでいたので、VRをつかって催眠術がかかるのか、そんなことを研究しはじめました。VRグラスでコーヒーの映像を見ながら目の前の白湯を飲むと、味がどう変わるのか?みたいなことをやってみたり。もともと、渋家でDJもやっていたので、VJのようなことがVRでできないかと思って、「Spatial Jockey」という作品をつくったりしてました。
あと、磐樹炙弦さんと一緒に、黒魔術師が書いた「法の書」に描かれた死後の世界をVR作品にしたりもしましたね。磐樹さんの催眠誘導に合わせて、空間が変化していく魔術的な作品です。これがおもしろかったのは、見てる映像は一緒なのに感じることが人によって違うことです。目の前に出てきた死体を、自身の文脈に合わせて解釈するので体験が違う。人によって見えている世界が違うことが、改めて明らかになったような気がしました。
Psychic VR Labのオフィスがある新宿のビルの屋上では、元々ビルのオーナーが絶滅危惧種の猿、ライオンタマリンを飼育していた。God Scorpionはオーナーの誕生日に、そこにARでタマリンを蘇らせる作品をプレセントしたという。
——現在、COVID-19の影響もありますが、それ以前からもVRに大きな注目が集まっていたように思います。状況が変わってきたのは、どのタイミングだったんでしょうか。
2015年の10月に渋家で一緒だった写真家の小林健太と、ファッションデザイナーの中里周子と一緒に展示をやって、「Island Is Islands」という作品をつくりました。それをきっかけに、ファッションの人たちとのコラボレーションが増えていきます。
伊勢丹新宿の東京解放区というポップアップがあるエリアで、3016年の宇宙支店をHMDで体験する展示「Fly Me To The Space Shop」をつくったり、徐々にいまにつながるようなVR/AR/MRのプラットフォームとしての仕事が形成されていきました。
KILL MY SON pic.twitter.com/4d1pz1AYW4
— God Scorpion (@GoddoSukoupion) February 22, 2020
God Scorpionが現代美術家の遠藤薫と制作した「KILL MY SON」。VRというテクノロジーにアートと医療をかけ合わせた。
魔術は人間を、人生を変える
——ただ、VRには仕事としても関わるなかで、アーティストとしての活動を続けられていますよね。
ずっと人の認識を更新するような作品をつくりたいと思っています。2020年にディレクションに携わった「KILL MY SON」という作品では、精神医学的なアプローチを取り入れています。
そもそもこの作品を企画した現代美術家の遠藤薫さんは「息子が死んでしまうかもしれない」という不安障害をもっていたんです。彼女から、目の前にVRで子供が死んでいる状況を見せてほしいと相談されたんですが、それだと救いがなさすぎる。実は、ベトナム退役軍人のPTSD治療にVRはつかわれているんですよ。それを参考にしながら、精神科医の遠迫憲英さんを監修に一緒に遠藤さんの不安を治療するプロセスが体験できるような作品に仕上げていきました。
——SNSもそうですが、Zoomなどの遠隔コミュニケーションツールが一般になってくると、精神治療に限らずバーチャルな世界の可能性はより拡がっていくような気がします。
Twitterのタイムラインは、人によって違いますよね。それぞれのフォローによって成立しています。だから、本当のTwitterみたいなものは存在しないはずです。にも関わらず、人々がTwitterを共通のものとして認識しています。
現象学という学問のなかに、間主観性という言葉があります。これが指すのは、自分たちが見えている世界はそれだけで閉じているものではなく、お互いに影響を与えているということです。どこにも根幹はない、リゾーム(地下茎)的な世界が拡がっている。
VRなどを支えるテクノロジーは、ここで定義されたロジックと非常に相性がいいんです。フランスのマシュマロ・レーザー・フィーストというカンパニーがつくった「もしも、森のいきものになったら」という作品があります。森のなかでトンボやユスリカといった生き物にジャックインして、彼らが見ている世界を体感できる。
こういったVRが増えれば、もっと人の認知のあり方も変化していっていくと思います。人間の視線を完全に同期することができれば、自分と他人の主観を取り換えることができる。さらにいえば、机や椅子の「主観」を体験することも不可能ではありません。
またARであれば、物体にキャラクターをまとわせて、しゃべらせることも可能です。PCに近づくと、ミーティングの時間を教えてくれたり……。モノとの関係性が変わることが面白くなってくるはずです。
Psychic VR LabにはHMDだけでなく大掛かりな機材も。異世界に転送されそうなこちらは、全身を3Dスキャンするデバイス。
——モノがしゃべり出す世界は、確かに魔術的だなと思いました。複数の視点を切り替えるという観点は、アバターのような概念が生活に溶け込んでいくと、より理解できるかもしれません。
磐樹さんが言ってた、「魔術師とは、役割を自由に切り替えられる存在」という言葉が心に残っています。魔術師は異世界と交信する儀式の瞬間と、現実で人としゃべっているときとでモードが切り替わる。 だから、他者の役割を体験できるVRは極めて魔術的なんだと思います。
クンダリーニ・ヨーガでトリップしたときに感じたことは、自分が制御できない身体という存在でした。渋谷でGod Scorpionと名付けられて新しい自分になったこと、渋家で全く知らない世界を生きる人と出会えたこと。人生には、視点が変わる転換点があります。
視点を切り替えられなければ、どんどん頭が硬くなっていってしまう。それは、自分とは違う視点の存在を理解し、受け入れなければ実現しません。VRで、自分が理解できないものを簡単に体験できるようになれば、世界はもっと魔術的になっていくはずです。
God Scorpion
1990年、北海道生まれ。北海道大学医学部を中退し、2011年にシェアハウス渋家に住み始める。演出家・篠田千明や、写真家・小林健太、DJのTomadを始めとしたアーティストと交流したのち、Psychic VR Labの立ち上げに参画。VR作品のコンセプトメイキングやディレクションを通じて、メディアで認知を変える魔術的な活動を続ける。
Photo: VICTOR NOMOTO
Text: SHINYA YASHIRO