街の内に根を下ろし、枝葉を広げる

2020年代、地方都市はどうなっていくのか? 地域独自のカルチャーを育むコミュニティーが生まれる長野県・上田市は、それを考えるための1つの視点になりうる。生活に密接した機能をもちながら、イベントスペースとしての「ゆとり」をもつオルタナティブな空間のあり方に迫るために、カフェTortoise Coffeeの店主・中沢康輔(以下、中沢)と、本屋未満(旧:BOOKS and CAFE NABO)を運営する池上幸恵(以下、池上)に話を聞いた。

本とコーヒーと居場所

長野県上田市。四方を山に囲まれるこの場所は、歴史を遡れば戦国時代には真田氏ゆかりの地でもあるが、メジャーかマイナーかと言われればマイナーの部類に入る。日本のどこにでもあるような人口約15万人の地方都市だ。上田で生まれた筆者は、長い間この地に生まれ故郷であること以上の繋がりを見出せず、お盆とお正月の長期休みに里帰りで訪れる機会しかなかった。

そんな自分が最近になって上田の街に対して愛着を覚えるようになったのは、コーヒーを飲みながらたわいのない雑談ができる場と、自分が知らない本に出会える居心地のいい本屋の存在のおかげだった。上田という街を外側からしか見ることができなかった自分に、初めて居場所ができた感覚が生まれたのだ。それから東京に出てきたことで、都会にあって地方にないもの、地方にあって都会にないものにさらに意識が向くようになった。

日本が置かれる昨今の状況を踏まえると、都市と地方はますます分断されつつあるように見える。日本という国の全体像を捉えるためには、都市と地方どちらかの視点だけでは足りない。都市圏の人口一極集中、地方の人口流出や過疎化などが問題視され始めて久しく、さらにCOVID-19の影響で物理的にも精神面においても分断は進行している。目立たずとも着実にローカルなカルチャーを育む上田という街から、日本のどこにでも存在しうる地方都市のコミュニティーの現在地を探っていきたいと思った。

Tortoise Coffee|長野県上田市の自家焙煎コーヒー店。常にストレートからブレンドまで、数種類のコーヒー豆を揃え、焙煎から抽出までを通して行っている。豆の販売や卸も行う。建物の3階はイベントスペース『サンカイ』として運営しており、地元の人にはライブや写真展、古着市、雑貨店の出店などにも利用されている。

変化の兆し、そして自ら作り出すこと

上田の駅からもほど近いTortoise Coffeeは、その場でコーヒーを飲みに来る人から、豆を購入しに来る人、会社員、公務員、学生、老人、様々な人がコーヒーを通じて交差する場所である。店主である中沢は、2015年に同店をオープンした理由として、自身の出身地でもある上田の街が変化しつつあったことを理由として挙げる。

「上田がすごく落ち込んでいた時期に自分が中学、高校生くらいの時にあった洋服屋、喫茶店などが軒並み閉店してしまって。上田ってつまんないよねっていう感覚が自分を含めた仲間にもありました。店を始めたのは、それからしばらく経って2012年前後、東日本大震災後くらいから市内でコワーキングスペースがビジネス面で盛り上がりを見せていた時期でした。震災の影響で地方に目を向ける人も増えたように感じていたんですね。だから、上田がまた面白くなるんじゃないかという期待があって、ここでやりたいと思うようになりました(中沢)」

上田に変化の兆しが見えていたことと同時に、中沢には面白みが欠けていた街に、自分が欲しいものを作り出していこうという意識があったという。

「あとはそもそも、上田に自家焙煎のコーヒーのお店が少なかったこともお店を始めた理由ですね。当時は自分が欲しいと思ったコーヒー豆をすぐに手に入れるのが難しいような状況だったので、自分が買いに行きたいなと思えるお店をつくってみたいという感覚でした(中沢)」

お話を伺ったTortoise Coffeeの店主、中沢康輔。

以前は時計店、古美術店だったビルの居住区である3階がイベントスペースになっている。友人がリノベーションを行ったという。

イベントが広げるコミュニティー

そんなTortoise Coffeeは2015年に上田でオープンして以降、コーヒーを軸に人との繋がりを広げている。イベントスペースの運営も行い、お店を中心としたコミュニティーはさらに広がりを見せている。

「自家焙煎コーヒーの専門店ということもあって、オープンしてしばらくは認知されてはいるけどちょっと入りづらいな、というような印象を持たれていたかもしれません。そこから徐々に、コミュニケーションを通じて来ていただけるお客さんの層は厚くなっていったように感じます。イベントスペースを始めたのは、東京から金物店の実家に戻ってきた友人が空いているスペースを貸してくれないかという話から始まりました。もともと空いていた3階のスペースを彼が自分でリノベーションしてスタジオとして使う予定だったのですが、レンタルできるスペースにしてみようという思いつきが出発点だったんです」

サンカイでは中沢自身の人脈から、ローカルを起点とした発信が行われている。

「今では地元の雑貨屋さんが出店したり、写真展を開いたり、ライブをしたりするイベントスペースとして利用されています。リノベーションを行った友人自身もノイズミュージックのパフォーマンスでサンカイでのライブに出演したりしていますね。上田の人がこのイベントスペースを使うことで、自分たちのコミュニティーから何かを発信していくことにも繋がっていると思います。さらにイベントの際は、普段コーヒーを飲んだり豆を買いに来てくれる客層とはまた違う人が来るので、結果的に色んな人にTortoise Coffeeという場所があることを認知してもらえるきっかけになっているんじゃないかなと思います(中沢)」

街の変化と自分が欲しいものを作り出す意識から始まったTortoise Coffee。コーヒーを通じたカフェでのコミュニケーションから人の繋がりを広げることと同時に、イベントを使ったコミュニティー内からの発信によってより街の文化を形作る存在になっていた。そこはただコーヒーを飲みに行くだけの場所ではなく、地元の人にとってコミュニティーに参加できる「居場所」なのだ。

本屋未満|2020年6月より、長野県上田市の元BOOKS and CAFE NABOだったブックカフェがリニューアルを経て営業を開始。店のあらゆることを営業しながら手探りで決めていくため店名を本屋未満とした。上田市が本拠地であるオンライン古書店VALUE BOOKSが運営を行う。新刊の取り扱いも始め、多彩な選書が光る。インスタグラムライブなどを通じたオンライン上での発信も精力的に行っている。今後は、本と接続されたイベントも行う予定。

場所と機会を自らの手で生み出す

Tortoise Coffeeではコーヒーを軸として、イベントも行いながらコミュニティーを形成していた。同じように、上田には本を軸としてコミュニティーを築いている場所も存在する。小規模な新刊書店はあるが個性的な本屋が少ない上田市街で、「BOOKS and CAFE NABO」は独自の選書と市街のイベントスペースとして上田のコミュニティーの中心的な存在だった。現在はリニューアルし、本屋未満としての営業をしている。本屋未満とBOOKS and CAFE NABOの運営に携わってきた池上にも、自分が上田に欲しいものを作ろうという意識があったという。

「上田に来た当初、2014年くらいの時は面白い場所があまりないなと思っていました。企業がやっていること、行政がやっていることが目立って見えて、若い人が入り込んで面白いことをやっている印象はありませんでした。NABOでコーヒーを出したり、イベントをやったりしたのは、会社で『そういう本屋をやろう』と決めたということもありますが、自分自身がそういう場所と機会を求めていたからなんです(池上)」

Tortoise Coffeeの中沢と同じように自分が街に対して欲しいものをつくっていった池上。NABOのイベントスペースとしての運営は、地元の人が気軽にイベントを開催し、また参加者同士が垣根を超えて繋がっていくことを大切にしていた。

「本屋がない街には住みたくないし、コーヒーを飲みに行ける場所も欲しい。友達と何かを企画してイベントをしたい、となった時に声をかけられる場所もあればいいなと思って、それらを反映する形の店づくりを心がけていました。そうやってNABOを初めて1〜2年後に上田でもゲストハウスと劇場を兼ねた『犀の角』がオープンしたり、『上田映劇』という昔からある映画館が営業を再開し始めて、文化芸術がとっても充実してきた感じがあったんですよね(池上)」

本屋未満とBOOKS and CAFE NABOの話を伺った池上幸恵。

全てを内包した本が視点になる時

そんなNABOでは毎日イベントを開催することが掲げられていた。ただ、間口を広く保つために特定のジャンルのイベントに偏らないようにすることには苦心したという。NABOでの経験を踏まえ、今後本屋未満では本をテーマにしたイベントの開催を考えている。

「本は全てのジャンルをカバーしているものだと思っています。全てを内包した媒体というか……。そんな本をイベントと結びつけることで、今までカフェ利用のみだったお客さんや本に触れる機会がなかった人が様々な本と出会うきっかけになればいいなと思っています。特に上田のような場所では、テレビなどが情報を得る主な手段になってしまっていることなども多いように感じています。そんな人たちにも本に触れてもらえる機会になればいいですね(池上)」

これからはイベントもコミュニティーを広げる役割を果たし、新しい価値観や切り口を差し出せるような本屋未満の一貫性のある選書が、コミュニティーの内で1つの視点を提供するものとして機能していくことになる。

毎月のイベントをまとめた手書きのカレンダー。「何かやるらしい!!」などのコメントもあり、自由度が伺える。

街の内外が共存する

各々のお店でイベントが行われていることは、それぞれが軸としているコーヒーと本という媒体を通じて上田の内側でコミュニティーを広げる上で重要なものだ。それに加え、上田の街中でのイベントもより広いコミュニティーにとっても大切なものになっている。

「Loppis Uedaは長野県内はもちろん、都市圏からもPAPERSKY SHOPや大川硝子工業所などのショップや作り手を呼んだ蚤の市。このイベントは外から来る人を意識した企画になっていました。Loppisの期間中は街中を歩いている人の層がガラッと変わったな、と認識できるくらいに上田の外から人が訪れていたと思います(中沢)」

同時に、対外向けだったLoppis Uedaとは別に上田内部の人が市街を楽しむことを想定したイベントも開催されるようになった。

「トココトは、市街の商店が中心となって上田の人に向けて実施される街中を歩くイベント。これは田舎ではよくある話かもしれませんが、車社会の中には市街地に駐車場がないため、上田の人で街中に来る人が少ない、みたいなことがあるんですね。だから上田の人にももっと街を歩いてもらおうという趣旨で企画されています(中沢)」

一本裏の道に入れば、小さな飲み屋が連なるようなところも。

街に訪れるさらなる変化の兆し

そんな試みもあってか街中で行われるカルチャーのイベントは、上田に住む人の生活と外からの来訪者が緩やかに共存するような状況になっていた。ただ上田の街は、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の放送を機に雰囲気を大きく変えることとなった。「真田丸」の主人公だった真田信繁は上田にゆかりのある人物であり、上田城跡公園には大河ドラマ館も存在していた。「真田丸」放映期間の2016年に県外から上田城跡公園を訪れた人数は、例年の約3倍にもなった。しかしそれ以後の来訪者数は以前の水準に戻っている。

「真田丸」の放送以来、街の雰囲気は大きく変わりだした。上田城跡公園では、もともとあったプールが取り壊され駐車場が増設された。2016年以後にオープンしたお店も多い。

上田の街の中で独自のコミュニティーを広げつつ、来訪者も多いであろうTortoise Coffeeと本屋未満。中沢と池上は、いわゆる「インバウンド」と呼ばれるような現象をどう捉えているのだろうか。

「うちはもともと街に根付いていかないとやっていけないだろうな、と感じていました。なのでコロナの状況下でも、上田の方がコーヒー豆を買いに来てくれたりします。このやり方でやってきてよかったなと感じています。ただ、それだけではなく上田の外から来られた方にも、声をかけたりコミュニケーションをとって、上田のよりローカルな部分を知ってもらったり、街を楽しんでいただけるような手助けもしていきたいなと思っています(中沢)」

「上田市はそこまでインバウンドに力を入れた土地でも無いと思っていて、なので必然的に内向きになっていくのではないかなと思います。もちろん海外からの観光の方が上田城に来たり、NABOに来たりしてくれることはありましたが、それよりも国内旅行や県内、市内からくるお客さんに対してどういう店でありたいかということを考えていました。(池上)」

ただ池上は、内向きにコミュニティーを拡げつつ、本屋未満が場所として街の中に存在する価値も発信していきたいという。

「昨今の状況下では、オンラインでの活動も増えています。インスタグラムライブをしたり、お店と、運営元であるバリューブックスの倉庫をオンラインで見学できるツアーを100人規模で実施したりしています。オンライン上での活動が、地方からの発信としてもちゃんと成り立つのはいい発見でした。今後は本屋未満の本屋、場所としての体験はもちろんですが、お店がどんなところにあって、街がどんな雰囲気なのか、そういったところもオンラインで届けられるようになればいいなと感じています(池上)」

地方/東京という構造を越えたオンラインでの発信は、お店が場所としてその街に存在する付加価値を提示していく上で有効なツールになりうるのかもしれない。

上田は山に囲まれた盆地に位置する。市内のどこからでも目に入る自然を愛する人も多い

自分の居場所が他人の居場所になる

上田という街を取材しながら思い出したのは、「プレイス・メイキング」という言葉だ。1960年代からアメリカで提唱されている街づくりの思想で、「居場所づくり」と訳されることもある。企業がトップダウンで行なう開発とは異なる、人が自分のコミュニティを見つけられるような空間がそこで目指される。

イベントスペースが併設されたTortoise Coffeeと本屋未満は、地元の人がお店に訪れて自分の時間を楽しむだけでなく、見知らぬ人との接点も持ちうる場所になっていた。人びとはカフェ、本屋としての利用だけでなく、イベントを企画し参加することができる。その結果、この街独自の文化を作っていくことができている。このプロセスが循環することで、外部からの来訪者に依存しないコミュニティーが生まれている。

街の中に自分が欲しいものや場所をつくりだそうという意識は、取材に伺った2人に共通しているものだった。そもそも「居場所がほしい」という視点は、街の内部で実際に生活する当事者意識があるからこそ持てたものだ。自らが欲しいものを具現化することが、自分の街をより良くしていく行為でもある。

当事者意識を持って街と対峙することが、街の文化を形作り、より深く根を張ったコミュニティーを内側から広げていくことにつながる。どんな「居場所」も、誰かがほしかった場所から始まる。上田という街で力強く運営を行う2人の言葉は、そんなシンプルなルールが、間違っていないことを教えてくれた。


Photo: VICTOR NOMOTO
Text: MASAKI MIYAHARA