光影を仕留め、画面を統べ、そして爆発する。
思索的で皮肉めいたコンセプトが、観る者の気を引き締める。予想を裏切る色づかいや視界を混乱させるキャラクターに、宇宙的な郷愁すら感じる。歴史、自然、そしてゲーム……。自身の構成要素をすべて詰め込んだ作品は、ペインター・一林保久道がたどってきた道そのものである。一林は京都精華大学で日本絵画を学んだのち、東京に拠点を移した。個展やNIKEとの仕事も実現させ、2020年8月には銀座蔦屋書店にて開催されるグループ展への参加も控えている。一林の住む自然の多い町・三鷹台でのインタビューを敢行し、その創作の源を探った。
「現代という“歴史”のなかで表現がしたい」
「もともと歴史が好きなんです。写本とか、アジアの壁画とか、ヨーロッパの教会の壁画とかそういうのを見るのが好きで、それが僕の絵のスタイルにかなり影響していますね。結局歴史って人間がたどってきた道筋だから、行きつく先は現代なんですよね。僕は僕が今生きている現代という歴史のなかでできるやり方で表現したいなと思って」
一林の絵を眺めていると、時空の歪むような感覚に陥る。一枚の画面のなかに混ざりあうのは、過去・現代・未来を内包した「歴史」というひとつの概念。大学では日本絵画を学んだが、今描いている絵は現代に溶け込んだ一林が、培ったものと今目に映る世界を融合して反映させた、新しいスタイルだ。
「田舎で育ったんですけど今は東京に住んでいます。東京は自然の方が少ないコンクリートジャングルじゃないですか。新しいものがはびこっているし、イベントもたくさんあって、自然とは相反するところにいる。けれどそれは全然嫌なことじゃなくて、むしろ新しくて楽しい領域だなと。小さいころ、虫を捕まえたりだとか植物を観たりするのが好きだったんですけど、それが都会で遊ぶことに変わっていっただけかなって」
一林の地元は石川県。家から車で1時間ほどのところに、長谷川等伯の作品や展示を多く取り扱う美術館があった。小さいころから絵を描くことも観ることも好きだった一林は、母に連れられてその場所へとよく足を運んだという。身近な美術が掛け軸や屏風などの日本美術だったことから、大学では日本絵画を専攻する。一時は将来的にも日本絵画をやっていくつもりだった一林だったが、“花鳥風月あってこそ”な日本絵画とは対極にある“現代の人工物”の魅力にも惹かれ始め、日本絵画だけでは自分のやりたいことをうまく作品に浸透させられずにいた。
「パソコンのグラフィックや鮮やかなCGを見るのが好きだったけれど、そういう色を日本絵画の画材で出せる技量を自分は持ち合わせていなかった。いいなと思う作品には部分的に蛍光塗料が入っていたりするから、そういうものをつくりたいのなら日本絵画にこだわらなくてもいいかなと。自分の好きなものと、日本絵画の好きなところと、そういうものをすべて織り交ぜながら作品をつくりたいなと今は思っています」
「コンストラクションするようにえがく」
日本絵画という殻を破り、今のスタイルを確立した一林。作品をつくる過程にも一見日本絵画とはかけ離れた“現代っ子”な一面が見受けられて驚いた。
「実は、まずiPadで描くんですよ。ペイントツールを使って、7~8割くらい描き上げるんです。その後にパソコンにデータを移してPhotoshopなんかを使ってテクスチャ―を調整してみるとか、デジタルでシュミレーションを完璧にしてから作品づくりにアウトプットしているんですよね」
衝動的に描く画家とは全く違うタイプ——。自分のことをそう語る一林。たしかに一林のやり方は建設的だ。そしてここには意外にも日本絵画との共通点があった。日本絵画でも、きちんと下絵を描き上げてからそれを転写するという方法がとられているというのだ。さらに遠近法や陰影のつけ方なども、気付けば日本絵画的なそれらを採用していたという。作品の一つひとつは、一林の細胞に染みついたエッセンスが抽出されてできあがるのだと腑に落ちる。
「3~4年くらい前からこの描き方ですね。ドローイングとかってたしかに面白いんですけど、僕の作品はタイプが違うなと。日本絵画をやめてから、作る過程はデジタルでいいかなと抵抗がなくなりました」
使う画材はアクリルで、描き方はデジタル。それでも、現代的な一林の世界観に和の息吹を感じるのは、伝統的な日本絵画の技術が自然と取り入れられているからだ。全部捨てるでもなく、毛嫌いするでもなく、寄り添うようなスタンスで描くことが、純度の高い作品をつくる秘訣なのかもしれない。
「浸透させるために生み出した“人間ではないもの”」
“歴史オタク”な一林は、歴史を構成する一部である時事的なニュースを自身の作品モチーフとして取り入れることが多い。
「興味のある資料はだいたい人々の生活の様子を描いているようなもの。それに類して戦争的な内容、あとは災害にまみれたものを題材に絵を描いてみたんですけど、それを人間で描くとすごく生々しかったんですね」
どれだけ鮮やかな色で描いたとしても、そこにあるのはバイオレンス。観る人からすれば苦しい印象となってしまう場合もある。客観的にそう感じた一林であったが、それでも人々の直面する状況をありのままに描きたかった。
「どうしようかなと思ってたときに、趣味でやっていたゲームを思い出したんです。人間って不思議なもので、戦争怖いとか殺人怖いとか言ってるくせに、ゲームだったら平気で人を殺したり、ボコボコにしたりする。キャラクターが争い合っているところなら、すっと入ってくるんです。アリの巣でも見ているような感じで」
こうして、一林の作品が持つ醍醐味のひとつである、奇妙なキャラクターたちが誕生した。人間のようで、人間ではない。そんな、一見“遠い”存在を画面のなかに配置することで、一林のメッセ―ジは人間たちに浸透していく。一林はこの一連の様子を風刺的なスパイスとして振り撒き、作品の持つ旨味を整えている。鑑賞されることで完成する作品ともいえるだろう。
「光と影のなかにある色を、見つけ出していく」
「日本絵画は、扱う素材や技術も含めて表現するものなので、手軽なものや安っぽい素材にはあまり興味を示さない印象が僕にはあります。ただ、ちょっと違うなと思っている。そこにこだわらなくてもいいんじゃないかなって」
一林の作品といえば、鮮やかなのにどこかノスタルジックな配色も魅力だ。隣り合う色は思いもよらないものばかりで、“花鳥風月”と比べてみればまるで正反対なのに、ただのサイケデリックではない。あの独特な色味は、日本絵画にはあまり馴染みのない「アクリル絵の具」を使ってつくりだされる。さらに一林は、光と影のなかにある色を見つけだし、魔術師のように操るのだ。
「隣り合う色は全く関係ないように見えて実は僕なりに配慮しているところがあります。鮮やかなところだけ見ていたらわからないと思うんですけど、淡濃とか明暗を誇張して表現しているんです。鮮やかな赤に見えるなこの影は、とか。この暗めの茶色の隣にある鮮やかな葉っぱの緑は輝いて蒼っぽく見えるなとか」
自然のなかで育った一林が大切にしていた趣味が、昆虫採集や釣りだった。「自然が大好き」——。そう語る一林の繊細な色選びは、自然と触れ合うことで幼少期に得た“観察する力”が一翼を担っているのかもしれない。
「箱庭ゲームと日本絵画の構図は似ている」
「今は結構ゲームの内容を活かせるような作品にしたいなと思っていて。今流行っているのってだいたいバイオレンスなものばかりなんですね。血の表現とかがないだけで、競争心を煽るようなバトル形式のもの。COVID-19もあって、人の闘争本能を掻き立てたりフラストレーションをガス抜きさせたりするための流行り方をしているんじゃないかなと思っています。そこらへんを僕の作品のなかで、皮肉的な社会問題として活かせたらなと考えていますね」
一林は“歴史オタク”でもあり、“ゲームオタク”でもある。特に影響を受けたのは、『シムシティ』や『スタークラフト』など、俗にいう箱庭ゲームだ。これらのゲームが持つ、俯瞰で見下ろす構図は、日本絵画の伝統美術にも通ずるものがあるという。
「構図そのものが面白いなと思って、作品に活かしてみようって。その延長線上で、今は美術的な面で、ゲームの画面を作品のなかで活かしつつ、歴史書的なところと混ぜたりしたいなと思って、ミキシングしているところです」
ゲームと日本絵画が似ている、というのは非常に興味深い。一林の魂が無意識的に“面白さ”の共通する構図を選んでいるのも、エキサイティングな事実である。一林が見知った説によれば、ゲームと日本絵画が似ているのには、日本人特有の感性が関係しているらしい。
「スクロールですね、巻物。『スーパーマリオブラザーズ』や『パックランド』のように、一画面のなかでキャラクターが動かなければ次にどういう敵が出てくるか見えない仕組みは、絵巻物を見るときに次の展開がどうなるのか巻いてみるまで見えないのと同じです。動かさないと展開が読めないものをつくる、こういう感覚も日本人特有のものだと思っているので、作品に活かしたいですね」
高校時代には友人とチームを組んでゲームをつくったことがあるほど、一林のゲーム熱は高い。ゲームをつくるのが、ひとつの夢でもあるという。今後は、現在の作品にまで強く影響するゲーム熱を活かし、ゲーム関連の仕事がしてみたいと話してくれた。
「できることならコラボとか、キャラクターデザインとかもやってみたいです。ゲームを題材にして作品をつくっていることの知ってもらって、いつかタイミングをつかむことができればなと思っています。そういう形で自分のもうひとつの夢をかなえるのもありかなと」
「アイデアが浮かんだ瞬間に“爆発”する」
自分を“爆発”させていったほうがいい作品ができる——。一林が繰り返し使う“爆発”という言葉が印象深かった。一林のいう“爆発”とはなんなのだろう。
「“爆発”するのは、アイデアが浮かんだ瞬間。だいたいお風呂かトイレなんですけど、“やばいなこれ”って降ってくるときがあります。例えば『THE TOWER』の場合は、タワーの絵がぼやって浮かんでくる。物語性を象徴する、写本のワンシーンのように。雷に打たれている絵“めっちゃイイな”と思った時に、ある意味絶頂しましたね」
描くものが決まった瞬間に、作品に対する確信めいた気持ちが沸き上がるという。自身の感覚と感性とが完全に一致し、自分のなかで自分がひとつになった瞬間……。それを“爆発”と呼ぶのかもしれない。
「あとはそれを発表するまで自分のなかで秘密にしておきます(笑)。あんまり完成するまでの絵を広めたりはしないタイプです。僕の作品は1枚描くのに1カ月以上かかったりするので、その間はものすごく歯がゆい思いをすることもありますが、最近はそのスタイルに慣れてきたので、ひたすら頑張るのみですね」
現在絵を描くことで“食って”いるわけだが、“爆発”しながら“生き抜く”ための戦略は考えているのだろうか? 絵描きとして、自分を世の中にどう見せ、戦っているのかが気になった。
「自分がいちばんカッコいいなと思うものを全力で出していたら、それが人の目についてきっかけになる。どんどん良いものをつくっていったらもっと広がっていくんじゃないかなという見えない確信があって、突き進んでいます」
セルフブランディングを考え始めると、それは守りの体勢に思えてくるのだ、と一林は語る。「そこに時間を割いているくらいだったら、もっといい作品をつくろうと身体が勝手に動いちゃう」と言ってのける一林に、雑味のない男気を感じずにはいられなかった。
「昔は変にカッコよく見せようと思っていて、ゲームの要素を出すのにも抵抗があったんです。でも、無駄なこだわりがなくなってからは、自分の好きなものどんどんアウトプットしていっても良い絵になるなと思い始めました。むしろ自分を“爆発”させていったほうが良い作品ができるなと。歯止めになるものがなくなった今、のびのびと作品がつくれています」
「抱く思いすべて、作品制作という熱源へ」
現在はパワフルに拡張する自己に導かれるように制作を進めている一林だが、やはりCOVID-19の影響は免れないという。
「本当は次の展示を香港でする予定だったんです。けど、デモとCOVID-19のせいでめちゃくちゃになっちゃって。ヨーロッパで予定していたものもなくなったし、社会情勢の影響を結構受けている状況ですね。そういう煮え切らないような思いは、作品のなかで活かしていたりします」
実際に海外からの評価も高い一林の作品。念願であった海外進出が社会情勢によって邪魔されてしまうのは、ストレスフルな出来事だった。しかし一林は、抱く強い思いのすべてを、作品制作という熱源へと集約させてしまうのだ。
「今の時点で力を蓄えておこうと。外に持っていくまでに、もっと“爆発”したものをつくりたい。『もっとできるやろ』みたいなのが自分のなかであるので、そこに意識が向いていますね。近い未来では自分の作品をありったけ良くする努力をする方向に、すべてのエネルギーを変換しています」
一林保久道
1992年石川県生まれ。京都精華大学日本絵画専攻を卒業したのち、蛍光色や人工物を積極的に用いた独自のスタイルを確立し、自身で切り出した木材でキャンバスをつくり、大型の作品を多く生み出した。現在は現代的な手法と日本絵画的な技術を織り交ぜながら、社会問題や風刺、ゲームのニュアンスを活かした作品づくりに邁進している。2020年8月には、銀座蔦屋書店でのグループ展に参加予定。好きなゲームは『シムシティ』、一番影響を受けた映画は『グラディエーター』。〈Instagram〉
Photo: VICTOR NOMOTO
Text: RIO HOMMA