COVID-19は新たな文化を生み出すか

先日5月25日、東京都を含めた首都圏の緊急事態宣言が解除された。しかしながらイベント業界はいまだ大きな打撃を受けつづけている。EVELA編集部はこれまで配信やビデオチャットを活用した自宅参加型イベントの試みを取材し、新たなイベントのあり方を探りつづけてきた。

今回はメディアアーティストでありVR/ARや仮想空間のプロデューサーでもあるGod Scorpion氏、『リアル脱出ゲーム』など数多くのリアルイベントや空間を企画してきたプロデューサーの松田直樹氏のコメントを交えながら、「メタバース」と呼ばれる“オンラインの仮想世界”で行なわれるイベントの未来を想像する。

急速なテクノロジーの進歩によるデバイスやプラットフォームの充実は、未来にどんな変化をもたらすのだろうか。そして新しい空間や新しいイベントが果たすべき役割とは。

“メタバースを舞台としたイベント〈左〉では、ユーザーはアバターすなわち自分の分身を能動的に操作し、イベントに参加する。配信イベント〈右〉では、コメントを書き込むなどのリアクションはできるが、基本的には受動的に映像コンテンツを楽しむ場合が多い”

「メタバース」って何だろう?

オンラインイベントを行なうための選択肢は多種多様になっている。先日、1,230万人のオンライン同時接続を集め話題となった、バトルロイヤルゲーム『Fortnite』内でトラヴィス・スコットが新曲を発表したライブのように「メタバース」内に会場を用意して行なうイベントもそのひとつだ。

「メタバース」という言葉は、SF作家・ニール・スティーヴンスンがmeta(超越)とuniverse(世界)を合わせ、90年代に生んだ造語だ。経済活動を含めたある種の生態系が存在する仮想世界のことで、そこでは誰もがその世界における体験を創造し他のユーザーと共有することができる。時代の想像力によって常に更新されている曖昧な概念で、2020年現在、「これがメタバースの標準だ」と言い切れるサービスは存在していない。

本稿では、EVELA独自の解釈にはなるが「仮想空間内をアバターで移動でき、ユーザー自身が空間創造権限を持ち、ユーザー同士リアルタイムコミュニケーションできる、“メタバースを指向したオンラインサービス”」を便宜上「メタバース」と呼ぶことにする。また「メタバース」と言うと一般的には映画『レディ・プレイヤー1』で描かれているような3次元的な世界観を想起するかもしれないが、本稿では2次元的な世界観であったとしても、それはより抽象度の高いメタバースであるとして話を進める。

また、「イベント」を「同一の時間・会場・コンテンツを複数人で共有する体験」として考える。単にYouTubeでイベントの収録映像を観たり、オフラインゲームは議論の対象にしない。

“『Fortnite』内で開催された、テキサス州出身の世界的ラッパー トラヴィス・スコットのライブイベント「Astronomical」”

分類! イベントプラットフォームとしてのメタバース

いま、オンラインには複数のメタバースが存在するが、まずはどういった違いがあるか整理しよう。これはそもそも上述のようにどこからどこまでをメタバースと呼ぶかという問題もあり、本来カテゴライズするのは難しい話だ。だが今回はEVELA編集部目線で、メタバースの種類をイベントプラットフォーム利用の観点から以下3タイプに大分類してみた。

〈1〉ゲーム型

“『あつまれ どうぶつの森』内で行われた香港デモ”

『Fortnite』や『あつまれ、どうぶつの森』など、プレイヤーの自由度が高い、複数プレイヤーが同時に参加するオンラインゲーム世界だ。

『Fortnite』は世界中に3億5,000万人以上のユーザーを持ち、家庭用ゲーム機からスマートフォンまで幅広いデバイスでプレーできるバトルロイヤルゲームで、現在最も本来の「メタバース」の概念に近しい仮想世界だと言う人もいる。マシュメロやスティーヴ・アオキといった実在の世界的人気アーティストがゲーム内でライブイベントを行なった事例もある。トラヴィス・スコットの新曲発表ライブに至っては、冒頭で触れたように1,230万人が同時接続、のべで実に2770万人以上のプレイヤーが参加したという。

また、おそらく「メタバース」として最も有名な存在である『Second Life』は、参加目的やゲーム性がほとんどない純粋なメタバースを目指した仮想世界だが、様相としてはゲームに近しいのでこの括りに入れる。

『あつまれ、どうぶつの森』の世界では、COVID-19の影響で中止になった卒業式や、政治デモが行なわれている。

〈2〉コミュニケーションツール型

“ライゾマティクスが開発中のプラットフォーム「SDCP」のデモ映像。SDCPは、Social Distancing Communication Platformの頭文字をとったもの”

SpatialChat」やライゾマティクスが開発中の「SDCP(social distancing communication platform)」など、アバター(自分の顔の映ったアイコン)を仮想空間内で移動させることのできる、オンラインコミュニケーションツールの世界だ。

これらはユーザーの顔が映った丸いアイコン型アバターを自由に移動させることができる。アバター同士が近づくと互いの声が大きく聴こえ、離れると小さくなる。また利用方法もゲームに比べとても容易だ。この特徴から、音楽ライブやクラブイベントなどのリアル会場の代替空間として利用できそうである。

また、抽象度は高いものの、ルーム内に画像や動画、ウェブサイトのリンクを貼ってオリジナリティを出したり自由な用途で使えることも、冒頭でメタバースを定義する際に特徴として挙げた“ユーザーに与えられた空間創造権限”と捉えた。

〈3〉VR開発プラットフォーム型

“渋谷区公認の配信プラットフォーム「バーチャル渋谷」で開催された「攻殻機動隊 SAC_2045」のプロモーションイベントには、DOMMUNEの宇川直宏氏らが参加した”

CLUSTER」、「HUBS」、「Facebook Horizon」、「VRChat」、「ZEPETO」、「STYLY」など、VR開発プラットフォームの世界だ。

最近では『攻殻機動隊 SAC_2045』のプロモーションイベントが「CLUSTER」内で開催され話題となった。渋谷の街並みをリアルに再現した仮想世界で、ユーザーはその一部を自由に行き来してコンテンツを楽しむことができた。今後も音楽ライブやパブリックビューイングなどを実施予定とのこと。

「HUBS」ではユーザーがアバターをカスタマイズして仮想空間内を自由に移動でき、地上だけでなく空に浮遊できたりもする。これはゲームと同様の仮想空間ならではのメリットで、現実にはありえない物理法則を無視した構造物をつくりイベント会場にすることも可能だ。〈2〉で紹介した「SpatialChat」と同様にアバター同士の距離に応じて音声の大きさが変化する機能がついていたり、チャットや記念撮影もできる。仮想空間内には画像や動画だけでなくウェブサイトのリンクを貼ることができ、画面共有も可能のため、会議室をつくれば打合せもできるし、店舗を作ってオンラインショッピングに誘導することもできるだろう。

“メタバースでのイベントには多様な可能性があるだろう。空想的な世界で出演者やアーティストがアバターで自由に動けるゲーム内イベント〈左〉、自らの顔が円形アイコンとなり参加者同士で会話を楽しめるコミュニケーションツール内イベント〈右〉。VR開発プラットフォームでつくるイベントは、最も現実世界を緻密に表現できるかもしれない〈下〉”

メタバースでイベントをするには?

〈POINT1〉イベントの趣旨に適したメタバースを選ぶ

現実世界でイベントを開催するときと同様に、はじめにイベント会場を選ぶ必要がある。メタバースがひとつの仮想世界として統一されていない現在、まずは「既存のメタバース(上記分類の〈1〉、〈2〉の中から)」か「自分でメタバースを作る(〈3〉の中から)」か選ぶ。さらに選んだメタバースの中で“会場選び”もしくは“会場づくり”をする必要がある。

どのメタバースを選ぶべきかはそれぞれのメタバースの特徴と、開催したいイベント趣旨がどれだけマッチするかで判断する。メタバース毎の特徴は、[1]機能、[2]デザイン、[3]ユーザーコミュニティが相互作用し形成されている。整理すると以下のようになる。

[1]機能|ゲーム性、カスタマイズ性、通話/チャット、売買のためのメタバース内通貨などシステムの仕様
[2]デザイン|アバターや街並みの世界観
[3]ユーザー特性|ユーザー数と、ユーザーが属しているコミュニティやカルチャー

こうした多様なメタバースを活用したイベントの将来と課題について、自身もプラットフォーム「STYLY」の開発に携わるGod Scorpion氏はこう語る。

「エンジニアでなくても簡単にメタバースそのものをつくれたり、メタバース内で行なうイベントを主催できるようなサービスが今はないので、それをつくりたい。メタバースはスマホや開発環境の普及によって、昔に比べコモディティ化しては来たし、コロナ禍がきっかけでより注目度が高まったけど、そもそもクリエイターが少ない。僕たちも『NEWVIEW』などのアワードを開催しているように、クリエイターの育成から始める必要があると思う」(God Scorpion)


God Scorpion|1990年生まれ。渋家、Psychic VR Lab所属。メディアアーティスト。魔術、テクノロジー、時間軸、空間軸のフレームの変化をテーマに、ラボラトリー、チームと共に作品を製作。主な作品に2014年度文化庁若手クリエイター育成事業採択『Stricker』。画家小田島等、漫画家ひらのりょうとの共作で『YouとHere』。chloma 2016-17 A/W Visual Art (VR)。KYOTO EXPERIMENT 2016 篠田千明『zoo』においてVR Directorなど。

〈POINT2〉マネタイズのアイデア

さて、無事イベント開催にこぎつけたとしても、利益が生まれなければ、そのイベントは持続的なビジネスとしては成長できないだろう。メタバースでのイベント主催者はリアルイベントと同様、一般参加者からのチケット収入、スポンサーからの広告収入、イベントスペース内への出店料、物販などによる収益化などを考えることができる。ただし、そもそもイベント開催効果による直接的なマネタイズをする必要のない、何かのプロモーションを目的にしたイベントもある。

[A]チケット収入
現在、オンラインイベント全般の客単価はリアルイベントに比べ圧倒的に低いか、無料なことが多い。例えば、前回取材した音楽フェス「Rainbow Disco Club」は、去年までのリアルイベントではチケット価格20,000円だったが、オンライン配信となった今年は2,000円だった。純粋に参加料だけでマネタイズできている事例は少ないだろう。メタバースで行なうイベントも例にもれず、例えばFortniteのトラヴィス・スコットのライブは無料で参加できた。

そもそもイベントに限らず、デジタルコンテンツ全般は質量のあるプロダクトや体験に比べ、単価が低く見られる傾向にある。そのうえ、COVID-19の影響もあって著名なアーティストが行なう無料配信イベントが増えたことも、業界全体のチケット単価の上げづらさに少なからず影響している。これからはオンラインイベントならではの特別な体験とその価値づけの仕方を考えたり、今まで以上にマネタイズの仕方からクリエイティブな発想が必要となるだろう。

[B]スポンサーからの広告収入
メタバース内のイベント会場にOOH(屋外広告)を設けるなど、リアルイベント同様に“街のメディア化”をして広告枠を販売するといった方法も考えられる。メタバースをメディアと捉えれば、集客力によって広告単価が変わることもイメージしやすいだろう。イベント趣旨が明瞭で、企業がターゲットとするユーザーコミュニティにきちんとリーチできているイベントかどうかがマネタイズのポイントになるだろう。メタバースならではの広告クリエイティブのアイデアも広がりを見せるはずだ。

[C]デジタル物販
メタバースならではの集金方法として、アバターやアバターに着せる衣装など、イベント限定アイテムのデジタル物販も考えられる。著名なアーティストのライブであれば、そのアーティストになりきれるアバターであったり、コラボ衣装などのレアアイテムを、イベント期間中だけユーザーが購入できるようにするといいだろう。

[D]リアル物販
リアル物販をメタバース内で行なうことも可能だ。例えば、メタバース内で音楽イベントを開催したとして、ステージ横のドリンクバーに移動してオリジナルドリンクを購入すると、自宅にデリバリーされるといった仕組みをつくることもできるはずだ。また、仮想売店でオリジナルTシャツを購入すると後日自宅に届くといったアイデアも考えられる。主催者が直接グッズを売るだけでなく、飲食や物販の出店者から出店料や手数料を回収することも考えられるだろう。

([E]マネタイズが不要なイベント)
そもそもマネタイズを目的としたイベントではなく、話題性による広告効果を狙う、基本無料の“メタバースをメディアとして使ったプロモーションイベント”であることも多い。ユーザー数の多いプラットフォームを選択することでリアルイベントよりも桁違いにたくさんの人々からアクセスしてもらえる可能性があることや、世界中の人々にリーチできることがオンラインの利点である。例えば前述した「攻殻機動隊SAC_2045」のプロモーションイベントでは、バーチャル渋谷内のOOHとしてKDDIのロゴが至るところに掲載されていた。

〈POINT3〉新たな雇用を創出する

今後は、メタバースならではの新たな職種が生まれる可能性も考えられる。例えば、メタバース内の街づくりアドバイザーとしての建築家や都市計画家がもう登場している。現実空間と仮想空間を分け隔てなく活動し「バーチャルマーケット」の会場設計をした番匠カンナ氏もそのひとりだ。また例えば、メタバース内の商売人として、飲食を販売しながら移動するメタキッチンカーやメタ売り子も登場するかもしれない。そのような新たな雇用創出を考えることもメタバースを利用したイベント企画には必要な発想だ。

“現実世界の自宅にデリバリーされる飲食物を、メタバース内の仮想イベント会場で3Dアバターの売り子から購入する日も近いかもしれない”

現メタバースの課題

世界共通のアフォーダンス

ここまでメタバースを巡る状況とその可能性を触れてきたが、インターネット上では複数のメタバースが存在しており、現時点ではそのような“メタバース天下統一”を成し得た企業はない。今後もしばらくは新しいメタバースが続々と誕生しそうだ。

外出自粛によってメタバースの認知は上がっただろう。実は全くゲーマーでない筆者でさえFortniteをダウンロードしてみたし、SpatialChatを使ってみた。しかし、いくつものメタバースを使いこなすのは手間だ。当然だが、人は新しいプラットフォームを使ううえで、どれも似たような操作しやすさがないと、日常的に行き来するのには不便だ。

SNSを例に考えるとわかりやすい。SNSはFacebookとTwitter、Instagramなどがあり、それぞれに個性があり別モノではあるが、ログイン方法、いいね!する仕組み、フォローの概念、投稿のしやすさなどが、なんとなくすぐ理解できる。同様に、メタバースも共通規格としてアフォーダンスを統一することが、メタバース全体の普及にとって重要だ。そして、メタバースはSNSの次を担うインフラストラクチャーになると思われており、FacebookやMicrosoft、Amazon等は着々と準備を進めているという。開発競争の中でメタバースの共通規格が今後生まれていくかもしれない。

God Scorpion氏は次のように語る。
「メタバースの共通規格は、現実も含めた仮想空間全体の発展を考えるうえでまだまだ議論の余地がある重要な課題だし、そもそもちゃんと議論されたことすらない。誰かひとりでは世界はつくれない。エンジニアもそうでない人でも、たくさんの人がカジュアルに世界づくりへ参加できる状況をまず生み出さなければならない。例えば実世界の共通ルールとしての道路交通標識のように、共通規格となるユーザーインターフェースがメタバースにも必要」(God Scorpion)

仮想世界やアバターへの愛着育成

3Dゲームに全く親しみがなかった人たちは、そのメタバースがいくらリアルな世界観だったとしても、どこか本物と違う街並みや、質量のない自分や友人のアバターに愛着を持ちづらい場合もあるだろう。ミラーワールド、デジタルツインという用語が使われ、一部のメタバースでは現実そっくりの世界がPCモニタやヘッドマウントディスプレイ内で展開されているとはいえ、それらに存在感や自分らしさを感じられなかったり、髪型や衣服のカスタマイズのために課金する気になれない人もいるだろう。そういう人たちからすると、アバターと自分を同一視することや、そこへお金を投じることはハードルが高い。だがメタバースが全世界民にとって当然のインフラになれば、誰もが仮想世界における自分の分身にも個性をもたせたりブランディングをしたいと思うようになるかもしれない。

また、目的もなく街を歩いていて、偶然目に留まった店へ勇気を出して入ってみたら大正解だったということや、予測していなかった楽しい現象に巡り合わせることがあったりする。このような“セレンディピティ”は、現実世界の醍醐味で、メタバースでは起こりづらいと思われているが、今後テクノロジーが進化し利用者が増え、メタバース内での経済活動や表現の多様性が生まれるようになることでそれも可能になるかもしれない。

「メタバース内の建物やモノやアバターにもアウラがないといけない。例えばCGのテクスチャに物語性を感じさせるエイジングを施したり、アバターの表情や所作に細やかな表現を与えるなど、霊性を宿らせる工夫が必要」(God Scorpion)

“God Scorpion氏が開発に携わる「STYLY」でつくられた神話的空間”

メタバースの外にも拡がる、アフターコロナ時代のイベント

最後にメタバースだけでなく、現実世界を含めたイベント全体の未来にも目を向けたい。

今、COVID-19の問題を切り離してイベントを考えることはどうしてもできない。これまでリアル空間でのイベントを数多く手がけてきたツドイの松田直樹氏に、取材をした5月24日時点での近況を尋ねると、イベントプランナーにとってもアーティストにとっても、案件がことごとくキャンセルとなり死活問題といえる状況が続いていると言う。ただ、そんななかでも松田氏は新しいイベントの可能性を模索しつづけている。

「COVID-19禍のさなか、くるりのオンライン飲み会を開催しました。ファンにとってアーティストの接点がなくなるのは悲しいし、アーティストにとってもそう。彼らは毎日音楽をつくってファンに届けることで、社会の中での自分の存在価値を確認してもいて、そのような機会がなくなって精神的にもこたえていると思います。オンラインであっても、自宅だからこその親しみのある景色を共有して、両者にとってあたたかい“おうち時間”をつくれるように工夫しました」(松田直樹)

日本では5月25日に首都圏の緊急事態宣言が解除され「アフターコロナ」が始まった。段階的にではあるがリアルイベント復活の兆しも見えている。

だが、これからのイベントが2019年までのものと全く同じには戻らないだろう。映画館や美術館・博物館の運営についてそれぞれガイドラインが設けられたように、ソーシャルディスタンスに配慮して、イベント開催の新たなルールも生まれ始めている。

展覧会など参加者の流動性が高いイベントは、チケット販売に時差をつけ、入場制限をすることになる。一方、複数の参加者が同時に観る必要性の高い劇場やライブハウス等で行なわれるイベントは、密を避けるために座席の前後左右を空けるなどの対策が必要となり、一度に鑑賞できるキャパシティは小さくなるだろう。

誰もが安心して外出できる「ポストコロナ」時代は、いつ訪れるのだろうか。いつかワクチンや抗体ができて、COVID-19がインフルエンザのようなポジションのウイルスになり、生死にかかわる脅威ではなくなる日が来ると信じている。だが、それが半年後なのか、1年後なのか、3年後なのかはわからないし、その時ソーシャルディスタンスが不要になるかもわからない。たとえ3密に戻っていい状況が訪れても、現在の距離感に慣れた人々は3密を楽しむ必要性を感じなくなっている可能性もある。つまり、この「アフターコロナ」の期間はまだしばらく続くだろう。

松田直樹|1985年、京都市生まれ。同志社大学在学中より、劇団・企画集団である「ヨーロッパ企画」に在籍。京都のインディペンデントフェス「ボロフェスタ」の運営に携わりながら、大学卒業後、映画配給会社を経て、株式会社SCRAPに入社。リアル脱出ゲームのプロデューサーや企画制作ディレクターを務める。2018年5月よりツドイに参画。

嗜好性の違いによる顧客の二極化

COVID-19禍により中止になった“リアルイベントの代替”として多種多様なオンラインイベントが開催されるようになった。一方で“オンラインならではイベント”も生まれたと松田氏は語る。

「コロナの前から、野球を球場に観に行くのが好きな人と、テレビ中継で観るのが好きな人がいたじゃないですか。それって、自分がどっちに“アガるのか”っていう好みだと思うんです。つまり、球場で大勢に囲まれて、売り子さんからビールを買って、選手は小さくしか見えないけど生で観るっていうのが楽しいのか。それとも、家で晩酌しながらテレビで観戦するのが至福の時なのか。ポストコロナが訪れて、リアルイベントとオンラインイベントが両方開催されるようになったら、好きな方を選べるようになるだけだと思うんです。プロデューサーとしては、今後はリアルでしか体験できない企画と、オンラインでしか体験できない企画を両方やれたら、イベントの選択肢を増やせていいなと思います」(松田直樹)

主催者側は集められる人数が減り、客側も安全性に配慮する分、今までより高価で特別な体験を人数限定で楽しむリアルイベントが増えるだろう。一方でオンライン(配信、メタバース)上のイベントを好んで選択し、自宅での時間を楽しむ人も増えるかもしれない。

「リモートで制作した短編映画『カメラを止めるな!リモート大作戦』や、NHKの『今だから、新作ドラマ作ってみました』、劇団ノーミーツによるオンライン演劇等、オンラインならではの表現も生まれてきました。リアルイベントとオンラインイベントはそもそも別モノ。それぞれの魅力があって、どちらかを代替するものではなく、新ジャンルが誕生したんだと思うんですよね」(松田直樹)

“劇団ノーミーツによる長編ZOOM演劇「門外不出モラトリアム」のティザー映像”

クリエイターが未来をつくる

人々を今も苦しめているCOVID-19の蔓延により、映画や演劇、音楽ライブといったイベントが中止を余儀なくされたが、文化に関わり文化を愛する人たちは、劇場や映画館、ライブハウスを守る運動をしつつ、“つくり、発信する”動きも止めなかった。その結果、外出自粛期間の2か月にわたり、自宅で楽しむためのたくさんのオンラインイベントが生まれた。世界中の“見えない主催者たち”は、互いを参考にし合いながらアップデートを続けたのだろう。

クオリティの高い映像配信だけでなく、オンライン演劇やリモート制作映画まで上演、公開された。そして、既存のゲームや通話ツールは急速なアップデートを遂げてメタバースと呼ばれるまでに進化。新しいメタバース自体も多数誕生し、メタバース内でのイベントも話題になった。これらは、きっかけは外出自粛によるやむを得ない代替手段だったかもしれないが、コロナ禍で生まれた“新しいジャンル”の文化だと思う。

今は誰もが現実世界でしか得られない、五感をすべて使った体験を渇望していると思う。だが一方で、“これからも参加したい”と純粋に思えるオンラインイベントも数多く産声を上げたのではないだろうか。これらインターネット上の新しいイベントが今後も独自の進化を続ければ、自宅だから仕方なく……ではなく、能動的に“おうち時間”をつくってチケットを買って参加する、一定数のファンを持った“新しいジャンル”の文化として昇華するだろう。

今までは未来の絵空ごとのように思われていた話だが、思いもよらず未知のウイルスの力により猛烈にスピードを上げ、人々に普及の根を張り始めたメタバース。いくつかの巨大企業が唱えているように、この仮想世界は、SNSに次ぐインフラストラクチャーとなるだろう。現在の私たちが毎日SNSをチェックするように、何年後かには毎日メタバースの世界にチェックインして、趣味や恋愛を楽しんで過ごすのが当たり前になるかもしれない。

いくら予測したところで正解はわからないが、未曽有の大転換を前に、まずはこの過渡期を健康に生きられることに感謝したい。時代の渦を記録することで見えてきたのは、文化をつくり守る、数えきれないクリエイターやアーティストたちの存在だ。リアル/バーチャルを超えた無限の可能性を改めて実感した今、近い未来が楽しみで仕方ない。


Photo: VICTOR NOMOTO
Illustration:ELLYLAND
Text:REIKO ITABASHI
Supervise:METACRAFT