音楽は時空を超え、リアルとヴァーチャルに虹をかける

[EVELA編集部では、4月18日に開催されたオンラインイベント「RAINBOW DISCO CLUB “somewhere under the rainbow!”」の密着取材を行なった。Part.1では、中止からオンラインイベント開催まで、主催者たちに経緯や想いを訊いた。収録に参加したアーティストのコメント、開催後に主催者に聞いた配信の苦労やオンラインイベントの可能性をまとめたPart.2はこちらから]

2010年に始まった「Rainbow Disco Club」(以下、RDC)は、世界中からダンスミュージックファンが集まるレイヴパーティー。花や緑に囲まれたステージには家族連れも多く、毎年ユートピアのような景色が広がる時空間だ。2019年には10周年を迎え、「10 Years of Rainbow Disco Club」と銘打ったスピンオフイベントを、バリ、神戸、アムステルダム、上海、名古屋、タイ、札幌……と、海や山を超え世界中で展開した。RDCは間違いなく日本が世界に誇る音楽イベントのひとつで、今年は私も参加を予定し、会場・東伊豆クロスカントリーコースへの小旅行を楽しみにしていた。

だが某日、SNSのタイムラインが「Rainbow Disco Club 2020の開催中止をお伝えさせていただきます」というステートメントのリポストで溢れた。COVID-19による社会的な影響をとても早い段階で真摯に受け止めた、4ページに渡る声明であった。安全・安心を第一に考え、やむを得ない苦渋の決断だったというメッセージとともに、「立ち直れないダメージを負う可能性」「経済的にも精神的にも大変厳しい状況」「マーチャンダイズの購入による個人レベルのサポートも大変助かります」というフレーズが並び、その包み隠さない”状況報告”は、2010年代のカルチャーを築いてきた”中の人”の正直かつ切実なSOSだった。私にもできることはないかと、いてもたってもいられなくなった。

その一週間後のことである。有料配信という形でパーティーを実施するという発表があった。「somewhere under the rainbow!」 と題されたこのオンラインイベントは、土曜日の正午から12時間にわたり、DJ NOBU、Soichi Teradaらをはじめ、Licaxxx、CYKなど、RDCに所縁のある11組のアーティストが出演。安全性、クオリティ、天候リスクを考慮して、ライブストリーミングではなく事前に収録するとのこと。そして「音楽という火を囲んで、踊り、語り合い、食事をし、よく笑い、よく愛し、暖まりましょう」というメッセージで締めくくられていた。

なんだか胸が熱くなってすぐに有料配信のチケットを購入した。SNSを見渡すと周りも同じような反応で、RDCの公式アカウントには「なにかの形で協力させてほしい。応援しています」というコメントが数え切れないほど寄せられていた。このイベントがもつ、人々を惹きつける力の根源を探りたくなった私は、思いを込めた(若干鬱陶しかったかもしれない)メールを主催者に送り、テレビ会議での取材依頼をさせてもらった。

右上がMasa、左上がYuta、下中央がKnock。

Masaは「Rainbow Disco Club」を立ち上げた発起人のひとりで、現在はメインオーガナイザーとして全体を統括。Yutaは初年度からバー担当として参加し、現在インスタレーションやキッズエリア、飲食やグッズ等、ホスピタリティ分野全体の運営に尽力している。東伊豆に会場を移した2015年からKnockが加わり、海外アーティストのブッキングとアテンドを担当。Knockは当時アムステルダムにいて、名門レーベルRUSH HOURとの繋がりも深い。この主要メンバー3人での取材は初めてだと言う。

冒頭にもある通り、昨年はRDCの10周年だった。つまり2020年はRDCがひとつの節目を迎えた次の年で、例年にも増して気合が入っていた。初来日のアーティストや若手を入れたラインナップを企画し、2019年の夏前には既にヘッドライナー候補へのアプローチを開始。10周年ツアーと並走し、まる1年かけ準備に明け暮れていた。

「ほんとに中止にしなきゃダメかな?」

国際的なハイブランドのパーティー企画や、アーティストのブッキングを本業とするYuta。中国で実施するはずだった案件が、COVID-19の影響により1月半ばには5月実施分まで中止になってしまったことを受け、おそらく国内の同業者より先んじて本格的な危機感を持ち始めていた。2月中旬からRDCのメンバーに相談をし始め、中止を決めたのは2月27日。日本のイベントとしては、とても早い時期での決断だった。

出演予定だったアーティストや会場への連絡を進めている間、会う人会う人から「RDCをやってほしい」という声は絶えなかったし、ステートメントの素案を書きながら「ほんとに中止にしなきゃダメかな?」という気持ち、迷いが全員にあった。本当に中止が正しい判断なのかを、繰り返し話し合ったという。いずれにしても、開催1カ月前にはもう準備資金的なデッドラインが見えてしまったため、判断に要せる時間はなかった。議論を重ねた結果、「フロアに少しでも不安がある中で決行したって、自分たちもお客さんも楽しくないよね」という想いが決め手となり、中止する決意をした。

公式に中止の発表をしたのは3月12日。日本ではまだ在宅勤務が推奨され始めたくらいで、多くの人々がまだのんきに外出していた頃だ。当時はまだヨーロッパまで飛び火しておらず、出演予定だった海外アーティストのエージェントに中止を伝えると「日本はかわいそうだね」と言われたそうだ。ほかの春フェスと比べ判断が早すぎるのではないかと思われたRDCだったが、1週間、また1週間と経つうちに、世界中が大きく変化した。RDCのレギュラーであり最も大切なアーティストのひとりであるDJ NOBUは、「RDCの凄かったところは、判断の速さ。あれは英断だった」と、当時を振り返る。

「クラウドファンディングはやめよう」

状況は常に目まぐるしく変化していた。3月12日の中止発表以前から、水面下でさまざまな検討、葛藤があった。メンバー内で中止を決断した翌週(3月6日ごろ)には、RDCオリジナルグッズが大量に納品された。見通しの立たない状況で、これらの商品をどうやって売っていくべきか途方に暮れたが、とにかく急いで宣伝写真を撮り終え、中止のアナウンスに合わせてネットでグッズを発売できることになった。だが、翌10日の打合せでは「そもそもグッズを売るだけじゃ全然損失を補えない。このままじゃまずいよね」という話になった。

そこで、まず考えたのはCAMPFIREを使ったクラウドファンディングだ。Knockが海外組のDJも音楽配信番組で参加できるよう調整し、その収録参加券をリターンにしようというプランで動き始めていた。

しかし日を追うごとに状況は悪化していった。来日予定だったDJもいる欧州諸国では、クラブの閉鎖やパーティー、フェスティバルの中止が余儀なくされ、国境が封鎖される国も多かった。仕事を失うアーティストや、居場所を失うダンスミュージックファンの姿が目に浮かび、RDCのメンバーはもはや自分達だけの問題ではないと確信した。彼らが出した答えは「僕らが社会に対して何ができるのかを考えたい。だから、僕らだけの救済措置として行うクラウドファンディングはやめよう」だった。翌日にはZAIKO(電子チケット制ライブ配信サービス)と打合せが行われ、3月23日には有料配信での開催がアナウンスされた。

観衆はもちろん、必要最低限のスタッフしかいない会場。音量も制限され粛々と撮影が進行していた。

「クオリティは妥協できない」

私はイベントメディアに関わる者として、COVID−19と正面から向き合うRDCの軌跡を記録しなくてはいけないと、なかば使命感のようなものを感じ、事前収録の段階から取材させてもらった。車をチャーターし、マスクを隙間なく装着、厳重にソーシャルディスタンスを保つことを誓い、現場である東伊豆クロスカントリーコースに向かった。

朝6時に家を出発して現場に着いたのは10時頃。高原には燦燦と太陽が降り注ぎ、立派なソメイヨシノがたっぷりと花を咲かせていた。会場には、RDCのシンボルでもあるピラミッド型、黒い三角錐の形をした立体トラスだけがぽつんと佇んでいる。人はまばら、不思議な楽園のようだった。現実世界で人を集めることができない今だからこそ、例年の雰囲気を感じてもらえるようにロケ地を選んだ。この場所には、毎春”音楽の力”がみなぎる。「配信でもなるべくリアルな空気を感じてほしいから、やっぱりここでやりたかった」とのこと。

象徴的なピラミッド型のDJブース。屋根があるステージとは違い、太陽光が機材の視認性に影響を与え、調整が発生することも。

配信用の映像は、複数台のカメラやドローンによって撮影される。

彼らは、単に無観客のイベント会場の様子を生配信すれば良いと考えてはいなかった。有料配信だからこそ、予算をかけ、クオリティの高い編集を施した動画を配信することにした。2019年のRDCにおいてドローンとミラーボールによるショーで会場を沸かせたREALROCKDESIGNが撮影を手掛ける。

撮影終了の合図を、カメラの画角から外れた場所からDJへ知らせようとするMasa。DJブースとの距離が遠く、なかなか気づいてもらえない。

「マイナスから始まっているのにこだわっちゃって、ステージの組み立てもペンキ塗りも自分たちでやってるような、ギリギリの状態です(笑)」主催者自らが笑ってしまうくらい、限られた予算の中でもクオリティを追及している。リアルで開催する予定だったRDCと同様か、それ以上の気合が見えた。もちろん、有料にした主な理由は、中止によって負った損失の補填ではある。しかし、「結局は赤字覚悟なんだ」と笑うMasaを中心に、関係者はみんな楽しそうだ。

収録の運営ブースに置かれた、手書きのタイムテーブル。

収録現場を取材した私たちにも、最終的な映像の仕上がりは想像できない。

「オーディエンスにも気合を入れて参加してほしい」

彼らが準備しているのは、単なる配信ではなく、オンライン”イベント”だ。今回は、東伊豆クロスカントリーコースと都内某所で撮影したデータを事前に編集し、ARを使った演出で、リアルではなく配信だからこその音楽”体験”をつくる予定だという。

チケット購入者には、ZOOMを使ったRDCオフィシャルダンスフロアへの入場URLが届くという。「COVID-19の影響で、パーティーに行きたい気持ちやクラブで踊りたい人たちの居場所がなくなってしまった。社会全体が暗いニュースで落ち込んでいる今だからこそ、長年自分たちがやってきて確信した”音楽の力”で世界を明るくしたい。ダンスミュージックの良さは、人種や国籍や言語を超えて繋がれるところだから」と主催者たちは語る。

インターネットで配信することによって、今まで会場に足を運ぶことができなかった人もイベントに参加できる。世界中のファンの部屋に、時空を超えたヴァーチャルなダンスフロアが誕生するのである。

また、事前に購入すれば、RDCの限定ウエアや焼き菓子&コーヒー(出展予定だったkabiSWITCH COFFEE)、キャンドルや花束なども自宅で楽しめる。

毎年ファンからの定評があるオリジナルグッズの一部。左から、YOSHIROTTENのアートステッカー&香木、KiKiorixがデザインを手掛けるウエア(Photo by Yutaro Tagawa)、Yukaflorの花束。

リアルなフェスと同じように、同じ時間に聴いて、同じものを食べて、同じものを身に着けて……そうしたら、離れた時間と空間が埋まるのではないかというのが彼らの意図で、まさにRDCのコンセプト”Beyond Time and Space”である。「なるべく同じ体験を共有してほしい。だから、事前収録だけどタイムテーブルもなるべく変更したくないし、世界同時配信にしたんだよね」という言葉に、彼らの”オーディエンス目線”を感じた。そのこだわりがきっと、自宅でのヴァーチャル空間を拡張し、新しい音楽体験へ昇華させるのではないだろうか。

「配信は受け手に依存する要素が大きいからこそ、一方通行にしたくないんです。だからこそ有料での配信という選択をしました。配信当日は、気合を入れて参加してほしい。僕らも気合入ってるから」

インターネットが普及し、だれもが自分で発信できるツールが整った現代。不要不急の外出が自粛されるようになってから、さらに個人の配信活動は加速した。SNSのタイムラインは誰かが自宅で定点撮影した無料の動画で溢れている。そんな動画をサーフィンするように見ていると、”おうち時間”はあっという間に過ぎていって、今日もまた適当に動画を”消費”してしまったのではないかと、ふと切なくなったりする。

一方で、今回のオンライン”イベント”は、世界中の人が同じ金額のチケットを買ってヴァーチャルなパーティーに参加し、音楽体験を共有するという能動的な行為であって、つくり手も鑑賞者も気合の入ったハレの日なのだ。参加者同士が相互作用してイベントをつくり上げる、クリエイティブな12時間になると思う。

ii_iiiiiiiiが撮影したポラロイド群。クリエイティブにもこだわりが詰まっている。

「オンラインでも、リアルの価値を超えられるチャンスはある」

配信に参加するDJ達も気合が入っている。オンラインでの開催を決めてからすぐに、リアルのRDCには出演予定でなかったアーティストも含め、Masaが中心となって出演オファーをした。古くから共に歴史を築いてきた、盟友とも言えるDJ達は皆、ギャランティーの話もままならない状況であってもふたつ返事で応じてくれたそうだ。Sauce81は、中止の連絡を聞いた時点で「僕に何かできませんか」と自ら主催者達に声をかけたという。

撮影のたび笑顔で応じてくれたYoshinori Hayashi。

パフォーマンスを終えたYoshinori Hayashiは、「オンラインでもリアルの価値を超えられるチャンスはある。例えば、SNSではネガティブな感情がぶつかり合うリスクもあるけど、各自が責任をもって向き合えば、コンテンツの深みを出すポジティブなディスカッションが拡がっていく。(無料配信じゃなくて)お金を払うことが定着すれば、やる側も見る側も雑にならないと思う」と話してくれた。

COVID-19のパンデミックが拡がり、表現の場であるハコが閉鎖され、オーディエンスであるファンも外出できなくなった。この状態がいつまで続くのか全く分からない中、アーティストやクリエイターは、ヴァーチャルの世界を活用して”生きていく”方法も考えていかねばならない。今回の有料配信のスキームは、”withコロナ”の時代において音楽業界のマネタイズの可能性を模索する実験としても、価値ある試みだ。

複数の画面を同時にモニタリングしながら、ARマーカーを利用しVR空間と実際の映像とのリアルタイム合成を行うREALROCKDESIGN代表の千葉。今回の企画を最初から最後まで全面的にサポートした。

「今まで真剣に向き合ってきた姿勢が、お客さんに伝わってたんだと思います」

今までRDCはたくさんの危機を経験している。初開催の翌年である2011年は東日本大震災、その翌年は台風直撃で中止。実は、会場を東京から伊豆に移した2015年も、チケットが売れず大損害をこうむり、過去の中止と同様に存続の危機に際したという。さまざまなイベントが生まれては消えていくなかで、11年目を迎えたRDC。

今年のRDCの中止がアナウンスされた際寄せられた、たくさんの悲しみの声や声援の大きさに、多くの人が驚いたことだろう。Yutaも「今回の反響の大きさには感動した。どうすれば良いパーティーになるか真剣に考えてきた結果が伝わったのだと思う」という通り、それは積み重ねてきた信頼関係の証そのもの。Instagramでは#rdcsomedayというハッシュタグを付けた過去のRDC参加者によるお気に入りの写真や動画の投稿が今なおやまない。

2010年代を代表するイベントがCOVID-19という新たな危機と直面したが、つちかってきた経験と仲間たちの力で乗り越え、2020年代を切り拓いていく。ヴァーチャルレイヴパーティーは、もはやリアルイベントの単なる代替対応ではないし、彼らは音楽体験の可能性を拡張するパイオニアとして、挑戦を始めているのだ。4月18日、私も参加者の一員として気合を入れて臨み、みんなで一緒に、これからのイベントのあり方を考えたい。

[EVELA編集部では、収録時に参加したアーティストと、開催後の主催者へ取材を行なった。配信の裏話やオンラインイベントという可能性への期待が語られたPart.2はこちらから]

この街を見渡せる、主催者3人がお気に入りの場所。


Photo: TETSUTARO SAIJO
Text: REIKO ITABASHI