飲み物をもっとかき混ぜて豊かにする。
酔っぱらうべきか、酔っぱらわざるべきか。飲んでも酔わないノンアルコールビールを皮切りに、そもそもアルコールを飲まない若者が増えているという。飲み物というカルチャーに新しいムーブメントが生まれつつあるのか? 渋谷パルコなどで営業するノンアルコールバー「Bar Straw」の赤坂真知、通信販売なども手がけるクラフト飲料ブランド「ともコーラ」の調香師ともコーラ(以下、とも)、神出鬼没でポップアップストアなどを開くルートビア専門店の「THE ROOT BEER JOURNEY」を手がける高田ユウの3人に、ノンアルコールカクテルが話題の東京・代々木上原「No.」で話を聞いた〈※インタビューは2020年3月20日(金)に実施〉。
——日本でノンアルコールドリンク(以下、ノンアル)市場が拡大しているという調査もあり、アルコールが入っていない飲み物が注目を集めているように思えます。
とも(以下、T):海外では、イギリスでノンアルコールスピリッツのブランドが10コくらいローンチされたり、新しい動きが生まれているように感じます。火付け役といわれているSeedlipというブランドは、最近ではロンドン市内を走るバスに広告を出していて、「お金が動いてる」んだろうなと感じたりもします。ミレニアル世代と呼ばれる、90年以降生まれの人たちが「アルコールを飲まなくなった」といわれていて、新しい需要が生まれているという話もあります。まさにマーケットとして認められてきているというか。
赤坂真知(以下、A):ただ、そもそも市場があることと、注目が集まっていること、そしてムーブメントになっていることは違うと思うんですよね。海外だとムーブメントが起きていて、それを牽引するSeedlipのような旗手がいるように見えるのは確かです。ただ、日本にはそんな存在がいない。しいていえば、たしかにサントリーのオールフリーはどこでも飲めるようになって売り上げも伸びているようですけど、新しいカルチャーが生まれつつあるという感覚はないですよね。
——「モクテル」と呼ばれるノンアルコールカクテルは、どうでしょう?
T:確かに、日本でノンアルが流行っているとすれば、モクテルでしょうね。ただそれが流行るところには必ずバーテンダーがいないといけない。カクテルですから。でも、モクテルをつくれるバーテンは普通の飲食店にはいない場合が多い。入った飲み屋で美味しいモクテルが飲める可能性は限りなくゼロに近いですよね。いまのモクテルブームが拡大していくためには、バーテンダーの人口が増えないといけないのかなと思うこともあります。
料理人がつくるモクテルの専門店が今年できるという話を聞いたこともあります。ただある程度モクテルやノンアルのプレーヤーが増えていくとしても、それがメジャーになるかどうかは、結局流通や現場でのオペレーションの問題に依存してしまうと思います。
その一方で、ブームを大きくしていくためには、缶を開けただけで飲める美味しいノンアルも重要です。さっきも言ったように飲食店の現場では、きちんとバーテンダーが飲み物をつくれない場合が多いですから。Ready To Drink(以下、RTD)と呼ばれる缶や瓶のまま飲めるプロダクトをつくる方向ですね。イギリスのSeedlipも最近RTDを出していました。もしくは、ともコーラでやっているように炭酸で割るだけでつくれるシロップをつくるか。ワンオペもしくはノーオペで飲める状態をつくらないと普及までいかないと思います。
とも|生クラフトコーラ「ともコーラ」を製造・販売する調香師。2016年ごろからハーブに興味を持ち、調味料の製造も手掛ける。その後、コーラナッツやナツメグをはじめとする世界中のスパイス、そして和ハーブをたくみに操り、完全無添加・100%天然由来の「ともコーラ」を誕生させた。全国100店舗近くの飲食店への卸や、ECを中心に販売中。
成熟した飲酒文化のなかでの「ノンアル」
——さきほどから、海外の話が出ていますが、日本とそんなに状況が違うんでしょうか。そもそもアルコールというものに対するとらえ方が違いそうです。
A:2019年の11月にニューヨークに行ったときは、バーシーンの成熟度が全然違うと改めて思いました。ちゃんとしたレストランにはウェイティングバーがあって、バーテンダーがいる。人気の店だと週末でもみんなウェイティングバーに来て、席が空くのを待ってる。空いたらラッキーみたいな感じで、とりあえずバーに集まって飲むんです。
あと、ちゃんとしたレストランやカフェには、ノンアルコールだけど手の込んだ飲み物がメニューにあって、普通に選択肢として提示されているんですよ。日本もそうなってほしいし、そうできるようにしたいと思いました。
ただ、ノンアルを専門にしたバーは、少なくともぼくが行った時点でNY全体でブルックリンの「Getaway」しかなかったですね。イベントへのポップアップから始めてクラウドファンディングでお店をつくろうとしてる人たちはいるみたいなんですけど。
しかも、Getawayもそこまで流行ってるとはいえないと思ったのが正直なところです。ニューヨークで人気のバーは、週末だと若者がパンパンに詰め込まれてる感じなんですよ。待っても待っても、マジで入れない。
そういうシーンから見ると、ニューヨークでもノンアルは流行ってないと言ってもいいのかなとは思います。あと、客層がちょっと違うんですよね。米国は21歳にならないと飲めないから大学生が集まってたり、禁酒をライフスタイルに取り入れたソバーキュリアスと呼ばれる人々のための場所になっている感じがありました。街に1軒しかないから、客層が固定されちゃってるんでしょうね。
赤坂真知|都内ティースタンドでの経験を経た後、本格派のノンアルコールドリンクのみを提供する「Bar Straw」を立ち上げ。実店舗を持たず間借りをしながら、東京都内のあちこちで営業中。また、ニューヨークスタイルのピザ屋「PIZZA SLICE」や調味料の老舗ブランド「八幡屋礒五郎」などとイベントを開催、現在渋谷PARCOにある花屋「THE LITTLE BAR OF FLOWERS」で毎週月・火営業を行っており、コラボレーションも積極的に行っている。
「エナジードリンク」という発明
——さきほどオールフリーの話がでましたが、ノンアルコールビールはみなさんがつくっている飲み物とは違う文脈にあるのでしょうか?
A:そもそも、飲めない人が飲むお酒の代替品としてのノンアルコールドリンクと、アルコールが入っていない飲み物としての「ノンアル」があると思っています。もちろん、両者の間にはグラデーション的なものもありますが。
「ノンアル」という言葉自体が、アルコールありきじゃないですか。戦う前から、お酒に負けてるんですよね。ぼくがやっているBar Strawも、「ノンアルコールバー」と銘打っているのですが、本来的にはこの言い方はよくないと思っています。
例えば最近は、レッドブルのあり方に憧れたりしてます。ノンアルとかアルコールとかと違うジャンルを急につくったわけですよね。「エナジードリンク」と言いつづけた結果、昔からあったオロナミンCやリポビタンDを越えて新しいジャンルをつくった。将来的には「エナジードリンク」のような新しい言葉を考えたい。
いまはノンアルって言わないと、何のことか誰もわからない。ただ、個人的なモチベーションとしては、お酒と対比されるよりも、アルコールが含まれているかどうかにに関わらず、美味しい飲み物を増やして、世の中を豊かにしたいんです。
高田ユウ|ルートビア専門ブランド「THE ROOTBEER JOURNEY」を営むクラフトルートビア職人。幼少期より親しんでいたルートビアを絶えず愛し続け、ルートビアを飲むためだけに北米縦断旅行を敢行する。世界中のルートビアを飲んだ後、ハーブの栽培、独自のレシピを研究し、オリジナル樽生ルートビアを製造。日本で唯一のルートビア専門家として、世界中のルートビアテイスティングの記録をInstagramにアップしている。
——日本の飲み物って、そんなに豊かじゃないんでしたっけ?
高田ユウ(以下、Y):日本の飲み物の選択肢って、実は少ないですよね。もともと、オレがルートビア(様々なハーブの根やスパイスを煮出してつくる、アメリカでメジャーな炭酸飲料)の研究を始めたのも、生まれ育った沖縄では普通に飲めるルートビアが本州では手に入らないからでした。コンビニやスーパーには炭酸飲料や清涼飲料水がたくさん並んでいるように見えるかもしれないですけど、ソフトドリンクのジャンルが確立されてしまっていて、味ベースで考えると飲み物の種類自体は少ないように感じます。
アメリカの飲料コーナーには、とんでもない種類の飲み物がおいてあるんですよ。ルートビアの調査のために西海岸に行ったときには、例えば最近欧米でブームのコンブチャ(紅茶、もしくは緑茶を発酵させた飲み物)だけでも様々なメーカーがあって、ストロベリー味やブルーベリー味などテイストも色々ありました。しかも欧米では、それがノンアルというカテゴリーに属しているわけではない。
T:結構、日本は選択肢が足りてないんだなって感覚はありますね。本当はお酒を飲まなくてもいいのに飲んでる人が多いというか。アルコールとノンアルがある時にノンアルを頼むと損した気持ちになる人が多いみたいなんです。
ともコーラは、基本的にはノンアルで飲んでもらえるように売っているんですけど、もし仮にお酒を入れて飲みたいっていう人がいたら入れてもらって全然OKなんですよ。ただ、ケータリングしてたときに、「アルコール入れますか」って聞いても、いらないって言われることが多かったりする。ともコーラだと「クラフト」だから、お酒が入っていなくても同じお金を払っていいと思ってもらえるみたいで。
ノンアルを頼むと損してると思う損得勘定のような様々な条件が、人がドリンクを選ぶ選択肢をせばめてしまっているような気がしています。そういう意味では、ともコーラはノンアルという選択肢を拡張できているのかなと。
——バーではなく、居酒屋という存在が及ぼす影響も大きそうです。
A:居酒屋の飲み物のメニューをみると、アルコールの方がノンアルより値段が高いじゃないですか。お店側もお酒の方が値段を高く設定できるって思い込んでるし、お客さんもそれが変なことだとは思ってない。ただ、そのルールは、いつの間にかみんなが信じているだけのもので、よくよく考えたら変ですよね。値段は、使われている素材の質や仕込みの手間をベースに決定されるべきですから。
ちゃんと時間かけてものづくりしてる料理人やバーテンダーにお金が回っていかないと、シーン全体として成熟していくのは難しい。だから、アルコールより高いノンアルコールドリンクがあっても違和感がない世の中になってほしいと思います。
「クラフト」という歴史への回帰
——そもそもクラフトって、何なのでしょう? ともコーラはWEBサイトなどをみると「天然クラフトコーラ」として販売されていますよね。高田さんも、クラフトルートビア職人と呼ばれているようです。
Y:クラフトかどうかは、手間暇と作り手の価値観の掛け合わせで決まると思っています。手間っていうのは独自に選んだ材料を使用したり、つくる際のこだわりの製法のこと。さらに作り手の思想や価値観が濃く反映されていると、よりクラフト的なのかなと。別に工場でつくっても手仕込みでも変わらない。そこに、つくり手の想いがあれば。
T:そもそも19世紀から20世紀前半は、クラフトの飲み物しかなかったわけです。コーラも、もともとは薬剤師が自分でつくっていた薬ですから。それが大量生産で原材料がスパイスやハーブから全部香料になっていった。それがまた元のやり方に戻ってきている。
A:お酒の世界だと、ジンとかウィスキーも何百年前と同じ製法でつくることが流行ってるし、それと同じですよね。
Y:日本ではコーラほどの知名度はありませんが、ルートビアも同じです。オレがルートビアをつくりはじめた最初の3カ月は、英語で公開された伝統的なレシピを翻訳することからはじめました。アメリカだと、レモネードを子供たちが作って家の前で売ったりする文化があるじゃないですか。あれと同じ感じでレモネード、コーラ、そしてルートビアは家庭的なレシピとして公開されてるんですよ。
——手間暇をかけた歴史的なやり方に戻っていっているということですね。
T:そういう気持ちをもったスモールビジネスが賑わっていくのはいいことだと思うんですよ。アメリカだとクラフト文化が強くて、小さいブランドが元気です。D2C(メーカーがつくったプロダクトを消費者が直接購入すること)も盛んで、選択肢も多い。ルートビアもいっぱいある(笑)
ビジネス的にいうと、日本だと大手飲料メーカーが流通網を押さえてしまっている。本当はノンアルのようなオルタナティブな飲み物に興味があるかもしれない人が、それに出会えないまま人生が終わっていく可能性が高いんです。大きな流通網から離れたお店がいっぱい増えないと、新しいノンアルの存在も知られていかない。もっと、小さいブランドが健全で細やかなビジネスを続けられるようになっていかないと。
Y:例えばスポーツドリンクも再定義してクラフト的につくればいいし、そうすればより価値が出てくるわけです。そんな流れが、ノンアル界隈で草の根的に増えてきているように感じます。
「ノンアルかどうかは関係ない」
——ところで、みなさん、お酒が嫌いなわけじゃないですよね。
T:3人でお酒を飲むこともありますよ(笑)。美味しいお酒って、その背景にあるストーリーがいいじゃないですか。ノンアルは選択肢が少ないうえに、そこが足りなすぎる。あと、ノンアルかアルコールかが区別されすぎてる感じもあります。
この3人はノンアルをやりたいっていうよりも、飲み物自体をもっと面白くしたいって気持ちが強いと思います。ノンアルかどうかは、そんなに関係ないんじゃないかな。
——冒頭で、ミレニアル世代がお酒を飲まなくなったという話がありました。みなさんもミレニアル世代と呼ばれる世代に属しています。やられていることと世代が結びつけられて解釈されることが多いのでは?
T:例えばわたしたちの客層は、好奇心があって新しいモノ好きの、SNSをよく見ているミレニアル世代も多い。基本的にこの世代が注目されている理由は、いま一番消費を動かしているからだと思います。上の世代にはその気持ちが分からない。それにわたしたちはもっと若いZ世代(1996年から2012年の間に生まれた世代)のこともちょっと分かるし、消費や市場を考えるうえで必要とされている視点や価値観をもっている。だから、注目されているんだって、冷静に考えてます。
あと、私たちの世代って起業家はいっぱいいるけど、「儲ける」ってワードは意外と出てこないんですよね。周りには、どっちかっていうと「お金」よりも、やっていることの「意味」とかを大事にする子が多くて。「大企業と同じことはやりたくない」とかね。
ただ、儲けるとは違って「稼いでいく」のも大事だってことは共有されている気がします。儲かったとしても、一瞬で終わってしまうと「文化」になっていかないじゃないですか。継続的にお金を生むためには、それだけ沢山の人が飲んでいて、愛されないといけない。例えば、赤坂くんが「お金が回っていかないと」って話をしてましたけど、それはちゃんとした意味で「稼ぎたい」、つまり「ちゃんと大きくして根づかせたい」っていうことだと思うんですよ。
——豊かな文化を育てるということは、選択肢を増やすという議論とつながる気がします。
Y:オレも「文化とつなげる」ことは意識してますね。Instagramのアカウントでひとつひとつのルートビアに合う映画や音楽を紹介したりしてます。ちなみにApple MusicでROOT BEERって検索すると、20曲くらいヒットするんですよ。あのビリー・ジョエルが「Root Beer Rag」って曲を出してたり。もちろん、アメリカではルートビアの歴史があるからでもあるんですけどね。
選択肢に関していえば、さっき言ったように自分が飲みたいのに売ってないからルートビアをつくってるだけなんです。オレは、単純に味を追求したいんですよ。むしろどんどん企業が参戦して、色んなルートビアが生まれればいいと思ってます。そうなったら、そこで喧嘩したい。クラフトコーラ勢とやりあうのもいいですね(笑)
T:わたしも同じですね。自分が面白いと思うものが世の中に足りてないから、自分のためにつくってるだけです。もともと自分の選択肢を増やすために始めたことなんです。自分が必要だと思うモノ、いいモノしかつくりたくなくて、そのプレイヤーがいないから自分でやってるって感覚です。それが結果的に世の中の選択肢になってるって感じかな。
A:世代的にも「オルタナティブ、オルタナティブ」と叫ばれていて、他と違うことが良しとされているのが気持ち悪く感じることもあります。「選択肢が増えれば、それでいい」っていう信仰は、少し無責任な気もするというか。
だからこそ「オルタナティブで終わらないで、レッドブルまで行きたい」って気持ちがあるんですよ。「選択肢をつくる」ことがゴールになってる間は、結局ちっちゃいD2Cで終わっちゃうんです。ノンアルという「その他」の枠に収まってるうちは、ブームになんかなってない。そこを越えれば、もっと色んな人や時間、シーンを豊かにできるはずなんですよ。
Photo: VICTOR NOMOTO
Text: SHINYA YASHIRO
Special Thanks: No.(東京都渋谷区上原1-33-11)