COVID-19の感染拡大に従い、開催中止をよぎなくされるイベントが増えている。オンライン配信など、各業界で現状を打破する取組みが探られるなか、演劇界でひとつの新しい試みが2020年3月12日に京都で行われた。
『インテリア』という作品を上演するさいに、人ではなく、ものが観劇するというのだ。参加者は事前に自分の家にあるインテリアをひとつ劇場に送り、そのインテリアが観劇している動画が公開される。
演出を手がける福井裕孝は、この機会に観劇という体験自体の根本を考えたいのだという。「ものが来て、ものが観て、ものが帰る」と名付けられた実験に密着した。
『インテリア』(「ものが来て、ものが観て、ものが帰る」公演)の上演前の様子。
今回の公演で、劇場に来るのは人だけではない。
3月12日に限り、COVID-19の感染拡大を受けた「もの」の代理観劇が受け付けられた。
希望者が送ったインテリアを、演出の福井たちが設置。
舞台上から公演を「観た」あと、来場者のもとに返送される。その後、公演の記録映像がウェブ上で鑑賞可能になるという。
リハーサル時、俳優にモノの置き方について指示を出す演出の福井裕孝。
どこに置くかだけでなく、置き方にまでディレクションを行う。
福井は、今回の上演が行われた京都の出身。これまでも部屋という空間を起点に作品を発表してきた。
福井は今回の試みに以下のようなテキストを寄せている。「演劇を上演するためには、演じる人たち、観る人たちがそれぞれの場所から移動してきて、一定時間同じ場所に集まる必要があります。演劇はこの移動と集合(そして解散)を省略することができません。観劇以前に外出すること、集まることが躊躇われる現在の状況ですが、この演劇のたどるアナログなプロセスについて、それぞれの距離から向き合い、考えることができる良い機会でもあると思っています」
舞台稽古の際には客席に関係者が自宅からもってきただろうぬいぐるみが置かれ、様子を見守っていた。
会場の各所には、感染対策のため加湿器も並ぶ。
稽古時、床に置かれていた将棋のコマ。
自宅の内部から劇場に持ち込まれたものは、何であれ「インテリア」となる。
公演前日の3月11日には、センバツ高校野球の開催中止が発表された。
人が集まるイベントのあり方が問われるなか、演劇界から登場した「ものが来て、ものが観て、ものが帰る」というコンセプトはSNSなどで注目を集めていた。
開演後、来場者は自らが自宅から持ってきたインテリアを設置する。
来場者も受け付けたため無観客公演とはならなかったが、「ものが来る」というコンセプトの話題性もあってか、客席は満員となっていた。
公演で繰り返されるのは、3人の俳優の日常のルーチン。
コンビニで買ったコーラをどこに置くか、ゴミをどこに捨てるか。そんな3つの生活が同じ空間のなかで重層的に折り重なっていく。
観客は、部屋のなかで行われるプライベートかつ無意識的な行為をのぞき見ているような気分になる。
ただし、来場者が持ち込んだインテリアもその場に置かれているという点では、奇妙な光景が目の前に拡がる。
京都公演では、絵画を中心としたインスタレーションを手がけるアーティストの西原彩香も俳優として参加。
彼女がインテリアとして持ち込むのは自身の作品だ。
公演で使われたインテリアが一ヶ所にまとまった様子。
黒い空間で「もの」だけ抽出された結果、「生活ともの」の関係性が浮き彫りになっていた。
舞台で繰り広げられるのは、何度も続く日常のルーチン。
他の演者の生活と重なり合い、ものの位置が移動していたとしても、気にすることなく生活は回って行く。
舞台上の玄関に置かれる位置にある消毒液。
「手を除菌する」という行為も、われわれの生活のルーチンになりつつある。
劇中ほとんどセリフはなかった。
俳優たちと同じく、もくもくと自らのミッションを遂行するロボット掃除機のモーター音のみが響くシーンも。
西原の作品は公演前はエントランスに置かれ、
インスタレーションとしても鑑賞可能になっていた。
舞台上の玄関は、屋外へとつながる搬入口。
俳優たちは部屋を出るとき、文字通り外の世界へと飛び出すこととなる。
03.13.2020
INTERIOR(「ものが来て、ものが観て、ものが帰る」公演)
@THEATRE E9 KYOTO(Minami-ku Kyoto)
演劇と上演環境としての部屋との関係を再考するプロジェクト「#部屋と演劇」のなかで演出家・福井裕孝が実施した「ものと来て、ものと観て、ものと帰る」演劇。出演者も観客も、普段生活している部屋から「インテリア」を1つ持ち寄り、再配置し上演がスタート。複数の出演者が同じ空間のなかで、生活のルーチンを繰り返していく。京都公演の初日となる3月13日はモノのみの参加も可能となり「ものが来て、ものが観て、ものが帰る」公演となった。
Photo: VICTOR NOMOTO
Text: SHINYA YASHIRO