キュートでストレンジな色彩感覚が、抽象と具象を往来する。

若干27歳にして、名だたるブランドとコラボレーションしている新星画家、Keeenue(キーニュ)。2020年2月から、NIKEの国内フラッグシップ店舗である原宿店を、文字通り“ジャック”し、彼女の作品やコラボ商品で店内を埋め尽くしたことが話題となっている。抽象と具象を行き来する不思議なモチーフ、並外れた色彩感覚の絵で独特な世界観を表現する彼女は、一体どのような創作意欲に突き動かされているのだろうか。そして、2020年代の東京において、プロのアーティストとして絵だけで“生きる”覚悟を持ち、時代に選ばれる作品を創作し続けることができる理由は何か。このインタビューを通し、共に考えてみたい。

Keeenueが内装のミューラルアート(壁画)を手掛けた大塚の卓球バー「ping-pong ba」にて撮影。インタビューは場所を移して彼女のパートナーにも合流してもらい、一緒に食事をしながらフランクに話を聞きました。パートナーである”彼”は、世界中を自転車で旅するメッセンジャー。今回は、”彼”もビール片手に微笑みながら、Keeenue本人とは違う視点で時折コメントを添えてくれました。

――アーティストになろうと意識し始めたのはいつですか?

Keeenue(以下、K):物心ついた頃から「絵が上手だね」と言われることが多かったんです。そういえば、お母さんは『めばえ(小学館の学習絵本)』とかの絵本の挿絵を描いたりしてて、家には絵を描く道具が身近にあったし、知らないうちに影響を受けていたのかも。中学校や高校では運動部に入って普通の学校生活を送っていたけど、大学を考える頃にはなんとなく将来を意識していて、自分の意志で美大に行こうって探して、予備校に通いました。結果、行けたらいいなと思っていた多摩美のグラフィックデザイン学科に合格した感じです。

――いつからKeeenueとして活動しているんですか?

K:私、本名が「かな」なんです。それをローマ字にすると「K(ケエ)」「A(エー)」「N(エヌ)」「A(エー)」ですよね。そのアルファベット一文字ずつをまたローマ字に戻して、「Ke」「e」「enu」「e」。大学生の時にTシャツやグッズを制作してて、その頃にブランドネームとして考えたのが「Keeenue」。その頃は「Keeenue by (本名)」という表記で使ってたけど、今は「Keeenue」だけでアーティストネームとして使ってます。

――どんな大学生でしたか?転機はありましたか?

K:あまり大学には行ってなかったけど、グループ展に参加したり、ギャラリーでバイトしたりはしていました。アートディレクターとか、自分の感性を活かせる仕事に就きたいなって漠然と考えていて。大学3年生になると周りが就活を始めたけど、私は就職する気が全くなくて、特に何もしなかった。でもとにかくアートに関わる道に進みたいと考えていた時に、ちょうど田名網敬一先生(以下、先生)のアシスタント募集を見つけて。60年代の先生の作品の色使いには感銘を受けていて、もともと大好きだったんです。だから、迷わずすぐに応募して、面接して、制作を手伝うようになりました。3年間くらいかな。先生の下絵を絵具で塗っていく作業をして。

――先生はどんな人でしたか?

K:先生は、会ったばかりの人には厳しいけど、すごく優しい人。私がアシスタントを始めたばかりの頃は「下手だな」って何度も言われて落ち込んだりもしたけど、卒業する頃にはよく褒めてくれましたね。この間の個展にも来てくれてたみたいで、直接は会えなかったけど「よかったよ」って連絡をくれて嬉しかったな。

――先生からはどんな影響を受けましたか?

K:考え方が大きく変わったんです、先生からの一言で。これがある種の転機だったと思います。アシスタント時代には、制作を手伝いながら自分の作品も描いていて、よく先生に見てもらってたんですが、ある時「それじゃ売れないよ! 売ろうと思って描かなきゃダメ。人と違うことをしなさい」って言われて。衝撃だった。先生もそういうことを考えて描くんだ! って。それまでは、お金のことを考えたことがなかったし、売ろうと思ったこともなかった。私も誰かの作品を買ったことなんてなかったし。

――今は「アーティスト、ペインター」という肩書で幅広く活動されていますが、自分はどんなアーティストだと思われたいですか?

K:とにかくかっこいい作品をつくりたいし、かっこいいと思われたい。

――”かっこいい”って、どんなものですか?

K:何て言えばいいんだろう……。感覚的に分かるから説明できないんですけど、絶対的で圧倒的な世界観があるものかな。

:マイペースだよね。他人を気にせず自分のかっこいいと思うものを描いてる。俺からするとまだ”いい子ちゃんの描く絵”な感じがして、もっと攻めてもいいんじゃないかと思うけど。でも、こんなに色数を使ってるのに、うるさくならず上品にまとめ上げる力がとにかく凄いと思う。初めて見た時に凄まじいセンスを感じたもん。

K:ありがとう(笑)

:色をつくってる時だけは異様に真剣だよね(笑)

――そういえば、お二人はどうやって出会ったんですか?

:池尻大橋によく行く珈琲屋があるんですけど。

K:そこで展示ができるって聞いてたので、思い切って自分で連絡して個展を開いたんです。常連だった彼には、開催期間中に何度か会っていて。いつの間にか(笑)

――自分から街に繰り出して、発表の場を開拓したりもしていたんですね。そういえば、NIKEとの企画はどうやって始まったんですか?

K:2018年に、別のNIKEの企画(クリエイターやアーティストがNIKEのスニーカー「AIR」シリーズをカスタマイズする「ATELIAIR by NIKE AIR」というイベント)に呼んでもらって公開制作をしたので、今回は、その時の繋がりもあって声をかけてもらったんだと思います。今までは、クライアントワークで壁画をいっぱい手掛けてきた経験はあるけど、今回みたいに店舗内装だけじゃなくシューズ、ウエアといったプロダクトまで全部プロデュースするのは初めてだったから、すごく面白かったです。テーマとして「東京」っていうキーワードを頂いたので、「東京って何だろう?」って考えながら、結果的には街そのものをモチーフにして。NIKEの本国の人ともテレカンしたりするうちに、私が関わった商品が世界に展開されるんだって実感が沸いて、絶対に爪痕を残したいって思いました。その他の企業のオフィス内装や「ping-pong ba」の壁画は、エージェンシーの「TokyoDex」から話をいただくことも多いですね。今はクライアントワークと自分自身のファインアートが7:3くらい。

――クライアントワークとは別に、自身のファインアートを描く際はどんな環境で、どんな時に描きたくなりますか?

K:普段は、彼と住んでいる家のひと部屋をアトリエとして使わせてもらっていて。適当に音楽をかけながら描いてます。

:黙々と描いてるよね。

K:描きたくなるのは、“もやもや”とか“いらいら”が生まれた時かな。自分自身の怒りや苦悩っていうよりも、世界とか社会とか、ニュースで知るような大きなテーマに対するフラストレーションがインスピレーションかも。

:最近たばこの絵が多いから俺にフラストレーション溜まってるのかと思って、ちょっと心配してた(笑)

K:大丈夫(笑)

――色使いや形を見ると、ポップでポジティブなアウトプットが多いように感じていたので意外でした。コラボレーションワークが多いですが、自身だけで制作するファインアートと気持ちの違いはありますか?

K:確かに、街なかに落書きしてこの世の中を変えたいっていうモチベーションではないかもしれません。そういうのが所謂”ストリートカルチャー”で、かっこいいと思ってたけど。私も内装より外壁に描きたいっていう気持ちはずっとあるけど、それは社会に対して反骨精神をぶつけたいからっていうよりは、一人でも多くの人に見てもらいたいからなんです。

:基本的には「陽」の人だよね。

K:そうだね。やっぱり社会に石ころ投げたいって言うより、新しくてかっこいいものをつくってみんなに見せたい。そういう意味で、クライアントワークに対して全然抵抗はないし、むしろ自分のスタイルをかっこいいと思ってくれる相手と一緒に、表現の場所をキャンバスの外に拡げられるチャンスだと思ってる。ファインアートでもクライアントワークでも、一人でも多くの人の目に触れられるなら差はないかな。

――好きな音楽とか、映画とか、ハマっているものはありますか?それから、アーティストやギャラリーなど、最近注目している人や場所を教えてください。

K:最近だと、ジェス・ジョンソンのVR作品を体験して度肝を抜かれました。抽象的な世界観だから説明できないけど、ある種の恐ろしさを感じたし、すごい時間だった。あとは、ピーター・ソールとかも独特の色使いが好きだし「NANZUKA(田名網氏も所属するギャラリー)」では好きなアーティストに出会えることが多いかもしれません。あとは、「ANAGRA」は面白い人が集まってると思います。ふり返ってみると、気持ちわるいけどクセになる変な形とか、劇的だけどキャッチーな色使いとか、“今まで見たことがないもの”にかっこよさを感じることが多いです。難しいコンセプトより、ビジュアルでバーン!と直感的に衝撃を受けたものをかっこいいと思うし、自分もそういう作品をつくって勝負したいです。

――抽象的だけど読解できるモチーフや形、誰が見てもKeeenueだと認識できて、直感的にかっこいいと思える特別な色彩感覚。でも確かにどこでも見たことがない。独自のブランドが生まれていて、一貫したスタイルを築いていますよね。3年後、5年後、10年後……。これからの目標や理想のキャリアがあれば教えてください。

K:うーん……。誰も見たことがないものを生み出したいんです。そういう時にレベルアップを感じるから。モチーフを変えるだけじゃなくて、試したことのない場所や素材に描いたり、平面じゃなくて3Dとか、表現の形を変えた作品にもチャレンジしてみたい。今年はソフビ(ソフトビニールのフィギュア)をプロデュースする予定があって、楽しみ。未来がどうなってるかは分からないけど、今想像できちゃいけないことをやっていたい。月に行ってるとか(笑)とにかく確かなのは、いつも新しいことに挑戦して、10年後も絶対にアーティストとして“生きている”と思うってことです。

数いる東京の優れたアーティストの中でもとりわけ光を放っているKeeenue。なぜ“今”、NIKEのようなビッククライアントをはじめ日本中から、彼女へのラブコールが絶えないのか。今回は、彼女のバックグラウンドや創作活動に対する気持ちを聞くことで、その秘密を探りたいと考えました。

アートとは、人間が感情を表現する活動だと思っています。私にとって、それは他者の思考を伝えてくれるメディアであり、時には社会に対する問題提起として、胸に刺さるメッセージを届けてくれる場合もあります。

COVID-19が日常を脅かすまで、生きるために最低限のインフラや安全は保たれていた現代の東京。今まで彼女がどのように着想を得て、創作の情熱を燃やしてきたのか。実のところ、東京で生まれ育った私にとって、都市での生活は穏やかで満たされていた(何なら少し物足りなかった)ように感じていたので、彼女の創作意欲の源が果たして怒りなのか希望なのか、同世代の一人として純粋に興味を持ったのです。

ところが、インタビュ―を通して見えたKeeenueは(社会に対する問題提起的なアプローチとしての)“創作目的”が見つけづらい東京に、そもそも悲観も楽観もしておらず、シンプルで明快でした。

「新しいことをやってみたい」「誰も見たことがないものをつくりたい」という純粋な創作意欲のみに突き動かされているからこそ、ファインアートかクライアントワークかと言ったしがらみに無頓着で、底抜けに明るい。「自分にとってかっこいいかどうか」という強固な直感を軸に、時に一人で、時に誰かとコラボレーションしながら、常に“今”の環境や感情を飲み込んで、見たり感じたあらゆるモノ・コトを“絵”として吐き出しているだけなのです。まるで呼吸するかのように。

実は、インタビューの中でとびきり印象的だったのは、パートナーから「絵具を混ぜてる時の目つきだけはいつもと違って真剣だよね」と言われた時、「当たり前でしょ!」とキレ気味(笑顔)でツッコんでいたKeeenue。プロフェッショナルとしての期待や責任を当然に背負っているという覚悟が、その表情にはっきりと見えたからです。自然体ながらも意志のみなぎる眼差しを見て、彼女はまさに、現代の東京らしいアーティストとして、ひとつの生き方を提示しているのではないかと感じました。2020年代初頭、Keeenueを時代の寵児たらしめる風がそっと、だが強く、吹き始めている!


Photo: VICTOR NOMOTO
Text: REIKO ITABASHI