“暗闇の中で感覚を研ぎ澄ませて猿島の自然とアート作品の数々に触れる”、といったコンセプトを掲げた芸術祭「Sense Island-感覚の島-暗闇の美術島 2021」が、2022年1月22日(土)から神奈川県横須賀市にある無人島、猿島を会場に開催されている。会期は3月6日(日)まで。主催は横須賀市と民間事業者で構成された「Sense Island実行委員会」。
夕方〜夜間の日が暮れた時間帯に行われるイベントであり、照明の殆どない暗闇に包まれた島内で多様なアーティスト13組が作品を展示している。来場者は受付時に配布される封筒に携帯電話を封印して島内をめぐる。日常との接点を遮断し、感性を高めてもらう意図だという。また今回のテーマは「音」。本イベントレポートは海外からの注目も高いアーティストHAIOKAによるスペシャルライブが行われた2月11日に取材を行った。
Sense Islandは2019年の秋以来、2度目の開催となる。前回は首都圏在住の人々を中心に多くの来場者があり、SNSを通じて猿島が広く発信されるなどの成果を挙げた。普段は立ち入り制限されている夜間の猿島の有効活用を探る実験的な試みでもあり、地域の観光資源に潜在する可能性を広げるイベントになったという。
プロデューサーを務めるのは、芸術祭やアートイベントの仕掛け人で、自身もアーティストとして知られる齋藤精一氏。アブストラクトエンジン(旧ライゾマティクス)と、パノラマティクス(旧 ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰。
『Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 2021』
[会期]
2022年1月22日~3月6日(会期中の金土日及び祝日と2月10日)16:50-21:00
[会場 ]
猿島一帯
[入場料(往復乗船料、入島料、観覧料含む)]
大人 3,500円 小・中学生 1,500円 横須賀市民割引あり
小学生未満は無料
身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方と付添人1名までは無料
会場は歴史ある無人島。猿島へ向け出航。

横須賀の三笠公園に隣接した三笠ターミナルに集合し、乗船券を兼ねたハンドアウトを受け取るところからがイベントの始まりだ。三笠公園は「⽇本の都市公園100選」「⽇本の歴史公園100選」に選ばれた横須賀を代表する公園で、園内には記念艦三笠があるほか、猿島へ向かう玄関口となっている。夕方から始まる本イベント前の横須賀観光として、タイムスケジュールに組み込むのもありだったかもしれない。
乗船前の検温。イベントへ出航する船の数は限られており、2月以降は毎回3便しかない。イベントへ向かう船に乗船するための導線は長い行列になっていた。たくさんの人々がこのイベントを心待ちにしていたことがわかる。
船内はデッキ席のほか、屋内のソファ席もあり、好きな場所に乗ることができる。船上から夕暮れの景色を楽しもうと、デッキ席を選ぶ人々が多かった印象だ。潮風の冷たさも忘れさせられる美しい夜景と、船に乗り無人島へ向かうという非日常に、イベントへの期待感が高まっていく。
三笠公園から出航しておよそ10分、あっという間に猿島が見えてくる。この島は弥生時代の生活がうかがえる洞穴があるほか、江戸時代後期には台場の建設が行われ、明治時代には陸軍によって要塞が造られて首都防衛の拠点となり、昭和時代前期には海軍によって防空砲台として使用され、昭和20年の終戦を迎えた歴史ある地だ。島内には現在も多くの遺構が残っている。今では国の史跡に指定されており、横須賀市が整備する公園としてバーベキュー、釣り、散策などのレジャーに適する無人の自然島として親しまれている。
入場から既に期待感が膨らむユニークなロケーションとアート作品。
イベントへの期待に胸を膨らませた来場者達は、下船すると同時に皆早足で島へ向かっていく。島と船が接続された桟橋の途中にはイベントコンセプトを連想させるデザインのメインビジュアルが掲げてあった。
イベント主催者から来場者へのメッセージは以下の通りだ。
「人は昔から自然と共生してきた。 そこから文明は生まれ、 文化となり発展し続けている。(公式サイト)
しかし、ときに人は人間の進化の速度が遅いがゆえに、 自分たちの環境を強制的に変化させ、その行為によって、 ときに自然を滅ぼし、 多くの過ちを引き起こしてしまった。
今の時代は「人間中心」を再定義する時だとも言われている。
Sense Island - 感覚の島- では、 唯一無二の存在である自然島猿島だからこそ、 知らずのうちに人工的に作ってしまった感覚を取り払い、 テクノロジーや時間の概念を取り払い、 猿島やそこにある自然の文脈を、 そしてその文脈を感じるために自分自身と向き合うような 作品や体験を通して 我々が失ってしまった感覚をもう一度取り戻す試みを行う。
これまでの生活が一変した今、 もう一度自分と自分の感覚を、猿島で対峙させてほしい。」
人の流れに乗って進むとまず印象的な砂浜に出迎えられる。海に向かって開けた空間と、先ほどまでいた横須賀市の夜景を一望できる素晴らしいロケーションだ。
砂浜にはNatura Machina(筧康明 / Mikhail MANSION / WU Kuan-Ju)による「Sound form No.2」という作品が並んでいた。レイケ管という装置によって、熱が空気を振動させ音を発生させる熱音響現象を利用した空間インスタレーションだ。発光する円盤と、波音と混じり合いながら響くレイケ管による不思議な音色が砂浜を神秘的なムードに演出していた。
山上から砂浜を貫き海へと伸びる一筋の光。これは本イベントのプロデューサーでもある齋藤精一による「JIKU #004_v2022 SARUSHIMA」という作品だ。“様々な土地でその軸を探し、その場所がどのような固有性を持ってできたのか、発展したのかを再度認識する”というテーマのインスタレーションで、以前EVELAでも取材した奥大和のMIND TRAILや、六本木のMedia Ambition Tokyoなどでも同シリーズの作品を観ることができた。「Sound form No.2」や島管理棟の光であったり島の自然と組み合わさった構図は、本イベント全体を貫く軸、コンセプトそのものだ。

JIKUの光線は砂浜の先端まで届き、その先には横須賀の街が輝いていた。光線のつくるシルエットと黄金色に照らされた海面が美しい。基本的に撮影禁止のイベントだが、このエリアについては撮影自由のため写真を撮っている人々を多く見かけた。
横須賀の夜景に心を奪われる人々。一通りビーチの様子を体感し終えた頃、イベント受付のある島管理棟へ人の流れが続いていることに気が付く。
出立前の携帯電話封印の儀。
受付は普段猿島の歴史にまつわる展示がされている多目的ホールで行われた。先着順で1人づつ受付を済ませ、20名ほどのグループに分けられてガイドと共に出発する。島内全域に作品が配置されていることがわかるマップを眺めながら受付の順番を待った。
受付の際、携帯電話を封印するための封筒が渡された。日常との接点を遮断し、感性を高めてもらう意図だという。また封筒と併せて撮影した黒い冊子は、島内マップを含んだハンドアウトだ。この先は携帯電話を取り出せないだけでなく、イベント会場全体がかなり暗いため、この時点でこのハンドアウトを読み込んでいくべきだったと少し後悔した。
封筒はひとつひとつ係員が封をし、印が押された。ここから先は暗闇と静寂に包まれた猿島内を、各所に配置されたアート作品を目当てに探索する。特別な領域に進入するための儀式のようであった。
封筒裏にスタンプされた緊急電話番号。イベント会場内における緊急時の対応や、各種注意や案内を受け、いよいよ暗闇の島へ歩を進める。
アート作品を探しに、いよいよ島内へ。前半はツアー形式。
猿島の特徴でもある、地形を切り崩して人が通れるようにした“切り通し”と呼ばれる道をガイドの方に案内されながら進むと旧要塞施設が並ぶエリアに至り、そこで最初の作品群を見つけることができた。中﨑透による「Red bricks in the landscape」だ。
人や船の形をしたライトボックスの彫刻が、兵舎や弾薬庫として使われていたレンガづくりの部屋で妖しげに輝く。過去、人々がその空間を要塞として実際に利用していた事実に想いを巡らす。
猿島の建造物は明治時代前期の美しいレンガづくりだ。日本でのレンガづくりは西洋技術が取り入れられた文明開化と共に全国へ広がったが、ほとんどが地震や老朽化で失われてしまっている。さらにフランス積み(レンガを積む方法のひとつ)の建造物はもともと数が少なかったこともあり、現在まで残っているとても重要なものだ。「Red bricks in the landscape」もそんな猿島で印象的なレンガをモチーフにした作品だという。
作品を観ながら切り通しを進んで行くと、ひと組づつ懐中電灯を渡され、間隔をあけながら照明のない暗いトンネルに案内された。このトンネルはもともと内部に弾薬庫などが設けられた砲台施設の一部であったが、現在では恋人達が手を繋ぎたくなるほどの暗さから「愛のトンネル」と呼ばれている。
このトンネルは毛利悠子による「I Can’t Hear You」というサウンドインスタレーションのエリアとなっていた。トンネルの両端に置かれたスピーカーから、それぞれに「I Can’t Hear You」という音声がズレて発せられる。ズレた音声は不協和し、最初は聞きづらいのだがトンネル内を進むにつれ聴こえ方が変化し、ある一点で音の波が重なってハッキリ「I Can’t Hear You」と聞こえる仕掛けとなっている。音響と先の見えない暗さから前後間隔がわからなくなり異空間へ迷い込んだようであった。
タイトルの「I Can’t Hear You」というフレーズは、仏教学者の鈴木大拙がテレビ番組に出演した際、国際電話がうまく通じず繰りかえした言葉から引用されているそうだ。鈴木大拙は平和主義を主張することも戦争を是認することもあり、その観点は揺れていたという。国防のための島であったこの場所でその揺れを体感する、考えさせられる作品であった。
トンネルを抜けた後は自由散策。
トンネルを抜けた先からはガイドを離れ各自のペースで作品を観て回る。ここからは紹介しきれない作品もあるが、島各地に配置された作品の魅力の一端を紹介したい。実際には複数作品を展示しているアーティストもいて、より充実した内容だった。

忽那光一郎の「風速0 SR08」は「Observation Clock - 時の観測台 -」と同じ砲台跡で、長時間露光で飛行機の航跡を撮った写真だ。過去と現在の時空間的連続性を感じさせられる。
幅允孝の「孤読と共読の広場 孤読編」には、海の向こうに見える文明を客観しながら、その煩わしさと文明によって生かされている私たちの矛盾を、読書行為によって考えさせられる作品だ。
井村一登の「Spherical Mirage」は360 度カメラで撮影された景色をホログラムで立体的に可視化する装置だ。猿島の景色や歴史が小さな円の中に凝縮されているようだ。
mamoruの「おだやかな孤独」。戦時中に防空観測所として使われていた展望台内部にプロジェクターで映される、映像と言葉による作品。島に書き残されていた「おだやかな孤独」という言葉を、いつ誰がどうして書いたのか、歴史調査や島を知る人達へのインタビューから仮説を立て、最終的に音楽家によって「おだやかな孤独」という言葉が音として表現されていく過程が記録されている。
細井美裕の「Theatre me」は、弾薬庫が円形に配置された砲台跡地を無響空間としてハックしたものだ。この中に入ると、開口部から見える景色がまるでスクリーンで切り取ったかのように見え、また周囲の音も制限されて聞こえてくるため映画館のような効果を感じられる仕組みとなっている。
鮫島弓起雄の「猿の居ない猿島」は、猿島の建造物を象徴するレンガでできた「1」と「0」の巨大な文字列だ。この「1」と「0」はShift_JISという文字コードで、変換すると「猿の居ない猿島」という文章になる。実際、猿島に猿はいない。「猿島」という名前の由来は“日蓮上人が鎌倉へ渡る際嵐に遭ったが、一匹の白猿が島へ導いて難を逃れた”という伝説に基づいている。
HAIOKAによるスペシャルLIVEパフォーマンス。
およそ1時間程度で島全域の作品を観周り終え、ふたたび砂浜に戻るとHAIOKAによるスペシャルLIVEパフォーマンスが始まった。伝統的な浮世絵からインスピレーションを得ているというHAIOKAの、和のテイストが取り入れられたエレクトロサウンドが横須賀の街を背景に響く。そして齋藤精一による「JIKU #004_v2022 SARUSHIMA」の光線がHAIOKAの頭上を貫き、猿島の自然とアート、そして音や人、そこにある全てが一体となった。
HAIOKA本人からEVELA編集部に今回のLIVEに対するコメントと当日録音された音源が届いた。
「世情も落ち着かぬ中、私自身も約3年ぶりのパフォーマンスということもあり、鑑賞者のみなさまと過ごす冬の無人島、砂浜という環境をイメージして、この瞬間に自分のこれまでの音楽性の全てを濃縮するような意気込みで臨みました。
人は場所や瞬間に起こることから、なにかを感じて生きているとおもいます。自然のなかを歩きながら芸術作品に触れたあとでのライブということで、そのときに居合わせている感覚を時間芸術としての音楽として、いま現在の一瞬一瞬を祝福するような体験を提供できればと考えていました。
そして、あの夜にパフォーマンスしながら抽象と具現の合間を行き来きし、感覚が解放されるときの高揚感を実感できたのは、皆様と一緒にあの夜、あの場所で、その日のアートに彩られた時空間であるSense Islandのひとかたまりのうねりのなかに存在できたからもしれないと、都会にもどってからやっと体が教えてくれています。」
また音源はこちらのSoundCloudへのリンクから聴くことができる。
HAIOKAによるおよそ45分のLIVEパフォーマンスが幕を閉じ、この日の「Sense Island-感覚の島-暗闇の美術島 2021」の全プログラムが終了した。
音をテーマに開催された本年の「Sense Island-感覚の島-暗闇の美術島 2021」。音と言っても派手な音楽がかかっているイベントなどではなく、波や風の音など自然環境音と人為的なアンビエント音響が暗闇の中で繊細に混じり合っていた。そして皆熱心に、だが黙しながらアート作品やLIVEパフォーマンスを楽しんでいたことや、携帯電話の封印儀式や猿島の歴史的背景も相まって、どこか神聖な雰囲気のあるイベントだった。自然環境とアートの関係性だけではなく、来場者と主催者のマナーある協調もとても気持ちの良いイベントであり、あらゆる側面で「融和」や「調和」と言った言葉がしっくりくる。
都心から適度な距離かつ1時間程度で全域を見て回れるコンパクトさや、ツアー形式での導入が、「MIND TRAIL」等これまで取材してきたアートを探索するハイキング型地方創生イベントの楽しさをより手軽に体感できるものにしていた。各アート作品も、砲台跡を利用していたり、島に遺された言葉をモチーフにしていたりと猿島の歴史を体感させられるものばかりで、単に話題のアーティストの作品を並べただけというものではない。猿島の特色やイベントコンセプトを、アートという非言語的なプレゼンテーションで体感できる、メッセージ性の強いイベントだった。
この記事を書いているうちに今回のチケットは既に全日完売となっていたが、もしまた来年も行われるとしたら、無人島の暗闇でアートを体験できる他にない機会なので、是非皆さんにも足を運んで頂きたい。
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主催
Sense Island 実行委員会
横須賀集客促進・魅力発信実行委員会
株式会社アブストラクトエンジン
株式会社トライアングル
助成
令和3年度文化資源活用推進事業
神奈川県川崎競馬組合が主催する「川崎競馬」の収益配分金を活用した神奈川県市町村自治基盤強化総合補助金対象事業
特別協賛
株式会社 博展
株式会社 静科
協力
ArtSticker(株式会社The Chain Museum)
ウシオライティング株式会社
アーティスト
井村 一登、小野澤 峻、筧 康明、忽那 光一郎、後藤 映則、 齋藤 精一、中﨑 透、幅 允孝、細井 美裕、mamoru、毛利 悠子 ※五十音順
タイアップアーティスト
鮫島 弓起雄、HAKUTEN CREATIVE ※五十音順
パフォーマンスアーティスト
HAIOKA
プロデューサー
齋藤 精一(株式会社アブストラクトエンジン 代表取締役)
Photo: TETSUTARO SAIJO
Text: REIKO ITABASHI