予約の取れないお鮨店「星兵衞神泉ラボ」店主・金田星人は養殖鮨の夢を見る

とは言え、入り口にくぐる暖簾は見当たらない。街の中にありながら、まるで廃墟のような(失礼かもしれないが誇張ではない)薄暗いマンションの一室。年季の入った扉に不釣り合いなリモートロックがすでにその場所の異質さと店主の嗜好を物語る。入り口で検温と消毒をしたらKAWSのフィギュアとバリー・マッギーの作品がお出迎え。一歩中に入ればカウンターがあり、ここでようやく鮨屋らしい様相を呈してはいる。BGMにNujabesが流れている鮨屋など、この「星兵衛」をおいて他にないと思うが。名店から大衆的なお店まで、東京都内に鮨屋は数知れず。しかし、店主の経歴も異例なら、その営業スタイルも一線を画す鮨屋。それが「星兵衛」である。

店主の金田星人(かなだせいじん、ちなみに本名)さんは大手企業を退職したのち、独学で鮨屋を開いた。お店は紹介制かつ完全予約。貸切の時間制でコースはお任せのみ。料金は時価。店主厳選の、絶品の熟成鮨はまさに知る人ぞ知るお鮨。というか知っていてもたどり着ける人も食べられる人も限られる。それが「星兵衛」なのである。それでも「星兵衛」の予約はあっという間に埋まる。人を惹きつける不思議な引力が、この店には渦巻いている。都内に鮨屋はいくらでもあるのにもかかわらず、だ。引力の正体は味か、サービスか、人か、空間か。はたまたその全てか。鮨店「星兵衛」を営む異例の鮨職人・金田星人さんの話から、お鮨にまつわる2020年代の食体験を探求したい。

我が名は星兵衛 趣味で鮨を握り始めた者だ

ー「星兵衞」の名前の由来を教えていただけますか?

金田星人(以下:星人):会社に勤めながら出張鮨を黙ってやり始めたので源氏名が必要だったんです。「兵衞」はかつて、君主直属に仕えた武士の、任が終わった際に与えられる栄誉ある名前だったそうです。そこから町の人にも伝播して本名でも使われるようになったそうですが、日本一有名なお鮨屋さんの「久兵衛」さんは久+兵衞。僕は自分の星人の星の字をとって「星兵衞」にしました。正式名称は「星兵衞神泉ラボ」です。店名には「鮨」という字を入れていません。

ー肩書きは鮨職人であるのになぜ鮨屋を名乗らないんですか?

星人:「何やってますか?」って言われたら鮨屋と答えますけど。僕は修行をしていません。鮨職人の世界では、早ければ中卒で鮨屋に入って10年以上修行するのが通例と言われています。だからこそ、鮨職人に対してリスペクトがある。鮨屋を名乗るには気が引けるんですよ。見た目だけ鮨屋っぽくして、10年修行してきた面構えで高級店をやっていても、お客さんに対して嘘をついている感覚になる。それはやりたくないと思いました。

ーリクルートに勤めながらお鮨を握り始めたとおっしゃっていましたが、どういう経緯でお鮨を握るようになったんですか?

星人:簡単に言うと、自己満足のためです。最初は単純に趣味が欲しくて、一日一時間くらい自分の好きなことをする時間を設けたかった。食べることが好きですけど、食べるだけじゃなく、もっとクリエイティブな趣味を考えた時に、お鮨をよく食べてたから自分で握ってみようと思ったんです。

星兵衛神泉ラボ店主・金田星人

ーどのようにして腕を磨いていったんですか?

星人:まずは刺身盛り合わせと酢飯をスーパーで買ってきたんです。見様見真似でやってみたけど、全然握れないんですよ。シャリが全然まとまらない。なぜ握れないのか知るために改めて鮨屋へ行くと色々な発見がありました。今までは食べるだけでしたが見え方が変わりましたね。カウンターを覗くと、「握る前、手になんかつけてるなあ」とか、道具とか所作を見るようになりました。お鮨に対しての見方が深まりましたね。

ー実際に足を運んで学んでいったんですね。

星人:お鮨屋さんに行っては自主練を重ねました。お鮨が握れるようになり、SNSにアップすると周りからコメントが来たり、「食べてみたい」とリアクションがありました。
でも、家に人は呼びたくないので、自分から握りに行くことにしたんです。そこから僕の「出張鮨」のキャリアが始まりました。

ー「出張鮨」の反応はいかがでしたか?

星人:意外と好評いただけたので嬉しかったです。だけど、みなさん色々な事情でお鮨を食べられない人が多いことにも気づきました。小さい子供がいる核家族世帯なんかは特に。中学生以下お断りを謳っているお鮨屋さんもあるくらいですから、子供が騒いだらどうしようとか不安ですよね。お鮨に限らず、外食のハードルが高い実情を知りました。

当時、本業の方でもワーキングマザーのキャリア支援を行っていたんです。働くお母さんたちはアスリートのような日々の生活を送っているのに、癒しになるようなサービスがほぼないんですよ。そんな中、「久しぶりに落ち着いて食事ができた」と言ってもらえた。僕でも誰か人のために、喜んでもらえるようなお鮨を握る余地があるんだと思いました。

ーそこから本業と出張鮨が本格化して行くんですね。

星人:握りに行った人づてにお客さんをご紹介いただき、繋いでもらっていました。

ー報酬はいただいていたんですか?

星人:趣味の延長なので、材料費に加えお小遣い程度お代はいただいていました。

ーその時点で鮨職人としてのビジョンは描いていましたか?

星人:いえ、全然意識してなかったです。パラレルキャリア的に楽しくて、人の役に立っていることにやりがいを感じている程度でした。

「星兵衛」が握るのは、完全な血抜きと呼ばれる「津本式究極の血抜き」で仕立てた熟成鮨。いただく際には「熟成何日目の〇〇です」とネタについて説明してくれる。

ー出張鮨をやっていて、星人さんのプラスになったことは何ですか?

星人:出張鮨をやっていなければ出会えない人に出会えたことです。建築家やグラフィックデザイナーといったクリエイターの人たちだったり。

ー差し支えなければ具体的に教えていただけたら嬉しいです。

星人:うーん。具体的にはなかなか言えないですが、ロゴを手がけた下さったイラストレーター・アーティストの長場雄さんも出張鮨で出会った人です。仲がいいお店から声がかかって、コラボイベントをやった時に、長場さんがいらっしゃって。「やべえ長場雄いる」と興奮しましたね。そこで長場さんにお鮨を食べてもらって知り合いになり、お店を出す際はダメ元でロゴを依頼させていただきました。人の繋がりで人脈が広がって、世界も広がっていったんです。

道具をよく見ると所々にラボっぽさを感じさせるガラス製のアイテムが取り入れられている。

出張鮨から鮨職人へ

ー出張鮨から職人になることを決意したのはどんなタイミングだったんですか?

星人:出張鮨が本業のモチベーションにも繋がって、成果も出ていい循環ができていました。新規部門立ち上げのプロジェクトもひと段落したところで、時間換算してみたんです。そしたらサラリーマンよりもお鮨の方が稼げていることに気がつきました。副業でやっている時間を本業の時間に移して、集客さえできれば勝機があると思ったんです。自分が事業主になって時間の自由が利くのも魅力的でしたね。「リスク取るなら今かな」と思ったタイミングでした。2018年8月に退職して、2020年11月、「星兵衞」をオープンしました。今月まさにアニバーサリーなんです。

ーオープンするまでの約2年間はどんな風に過ごしていたんですか?

星人:退職してから次の日に宮崎に飛んで、もともと興味のあった津本式を伝授してもらいに行きました。そのあとは、地元の富山にひっこんで、魚屋さんなどに津本式の布教活動をしていましたね。

地元・富山では津本式の技術を広めたり、魚屋を起業した若手経営者の立ち上げ支援などを行っていた。

金田星人は友達がほしい

「星兵衛」のメニューはコースのみ。先付けや焼き物、握りなどバラエティに富んだ料理を提供してくれる。時期や仕入れによってメニューは変わる。

ー「星兵衞」は紹介制で住所も非公開にしている理由は何でしょう?

星人:尖った言い方をすると顧客しかいらない。砕けた言い方すると友達がもっと欲しいと思っています。紹介制だと共通点があるから仲良くなれるスピードが違うし、仲良くなれる可能性は高い。友達の友達までしかこないので、大事な友達の友達だから大事にしようと思います。

ー貸切の時間制も大きな特徴だと思います。飲食店としてデメリットが多そうなのですが、いかがでしょうか?

星人:実験したい気持ちもありました。飲食の先輩に相談すると「売り上げのキャップを決めるな」と言われます。そうすると固定費を下げるしかないわけです。ならばと、なおさら、今のこの場所に結び着いていきました。利益を出さなきゃ行けない責任感は不自由だと思うし、結果、お客さんも僕もお互い楽しみやすい気がしますね。

ーオープンはコロナ禍真っ只中でしたが、影響はありましたか?

星人:偶然にもこのシステムにした甲斐あってか、集客的には影響はなかったです。

ー星人さんがお客さんとのコミュニケーションや雰囲気づくりで心掛けている部分はありますか?

星人:ウチに関していうと緊張感はいらないと思っています。貸切だと周りの目を気にしないし恥もかかない。顔見知りしかいないから大将に何を聞こうが、仲間内でスベろうが、何をしても気持ちよく過ごせる空間と時間が提供できればいいなと思っています。子供連れでも安心できますよね。子供が泣き出してしまったら、アンパンマンをかけますから。

淡々と会話しながら、手元では着々と次のお鮨が握られていく。素人目には、いわゆる鮨職人と何ら遜色ない華麗な仕事にも魅了されてしまう。

ー僕も最近子供が生まれて、外食のハードルが爆上がりしているのを実感したので、子を持つ親としてはすごく嬉しいと思います。

星人:可能なことには応えたいし、いいと思ってくれたらきっとまた来てくれると信じています。

ー普通の飲食だと回転数を気にしたりしなきゃいけないけど、「星兵衛」さんは大事な時間を使ってもらっている感がありました。信頼関係を大切にされていてるいわば“友達同士”の中で、星兵衞さんがたくさんの方に選んでもらえてる理由、お客さんといい関係を築けているのはなぜだと思いますか?

星人:友達だからこそ、ちゃんとやってあげたいという愛情が一番じゃないでしょうか。

ー緊張関係にある方が真摯に向き合える側面もあるかと思いますし、僕なんか結構だらしないので友人に甘えてしまうこともあるんですが、いかがでしょう?

星人:初対面の職人さんに対して「今日どうでした?」と言われて、「シャリ固かったっス」とは僕は言えないです(笑)。おっしゃる通り、大切な友達だからこそ甘くもなれるし、一方でシビアになれる部分もあるんじゃないかなと。初対面の人以上にそこには振れ幅があるはず。ちゃんと厳しい部分を、友達同士に置いても定期的に抑えておくことを意識しています。具体的に僕がやっているのは、鮨リテラシー高めの友達を集めて、本気のダメ出し会を開催してます。ダメな部分を10個ひねり出してもらうんですけど、ちゃんと向き合うと、向こうも頭を抱えながら応えてくれますね。愛を持って接すれば愛を返してくれると信じています。

ここは、星人さんのお鮨の惑星

それぞれ割れ方の違うテーブルと鮨皿。ここにお鮨が乗ることで星人さんの思う、気持ちのいい世界の循環が顕現するという。

ーNujabesが流れ、バリーマッギーやKAWSが飾られているお鮨屋さんはなかなかないと思います。雰囲気や内装、お店を作る上でのコンセプトを教えてください。

星人:コンセプトは自分の中にあるもの。結局、自分でしかない。自分の中にあるものを具現化しました。

ーその世界に入り込めるのは特別感があります。こういう空間良いな、で人が繋がっていくと。

星人:この世界観が好きな人、つまりアートやカルチャーが好きな人やクリエイター気質の方が集まりやすいかもしれません。色々な職業の方がこられますけど。既存のお鮨屋さんとはほど良い距離感を持ちたいと思っています。

ー距離感というのは?

星人:ズレですね。本家本元のお鮨屋さんとはちょっとずつズラしています。普通は白木のカウンターだけど黒っぽい色を取り入れたり、作務衣のようで、実はラボ着ですし、道具もラボっぽいものを選んでいます。もともとお鮨を研究したいという思いからスタートしているので実験をテーマに、日本の「Sushi」文化に興味がある海外の人が、Youtubeとか観ながら独学で、多分こうやってんじゃないか、と想像でやっているイメージです。

ー具体的にこだわった部分を教えてください。

星人:工事含め、食器とかテーブルは出張鮨を支えてくれた人にお願いして作ってもらいました。1回目のリノベは富山出身で、高校の同級生の建築家・能作 淳平さんにやってもらって、それが能作さんが独立した一発目の案件でした。2回目の店舗のリノベは、能作さんはタイミング合わず、一番弟子の石飛くんにやっていただきました。

ーテーブルもカッコいいですね。

星人:このテーブルは東急ハンズで売っているような合板を組んでいて、組み立て式を採用しました。出張鮨をやっていたストーリーも大事にしたかったので稼働させたことはないけど、そういう風に作ってもらいました。ちょっとした隙間にスマホやポーチなど小物を入れられるところがこだわりです。手が届くところに大事なものを入れておけるし、収まりがいい。

ー天板のヒビ割れも特徴的です。

星人:「大橋左官」という左官屋さんの仕上げです。飲食界隈では売れっ子の方なんです。原料の混ぜ具合で、乾かす時の気候条件でどういった割れ方をするのかデータをとっている人で、細かくしたり荒めにしたり、割れを調整できるし、割る以外の表現も可能です。緻密に計算された神業です。寿司のお皿も下地は木で、お鮨を乗せる部分に左官を塗ってもらって仕上げてもらいました。このテーブルには美味しい海の幸を育む自然への敬意を、このテーブルと器に込めているんです。

ーというと?

星人:美味しい魚を食べるためには豊かな海が必要ですよね?豊かな海には、豊かな山や川も必要です。山に雨が降って、それが地下を通って海から湧く。地下のミネラルや石灰がそこには含まれていて、その栄養素をプランクトンが食べて、小魚がそれを食べて、大きな魚が小魚を食べる。という連鎖で豊かな海というものは循環して成り立っています。テーブルに塗っているのは山の土なんです。そのテーブルの上に、木の器がある。器には海の幸である鮨が乗っている。自然の循環をテーブル周りで表現していて、自分にとってすごく気持ちがいいんですよ。

星人さんお気に入りのテーブル。小物を入れられる気の利いたスペースが特徴。

ーなるほど。まさに星人さんの思う世界の気持ちのいい循環が、このテーブルとお皿とお鮨で成立しているんですね。お話を聞く限り、モダンなものが多いですが、いわゆるお鮨屋さんの伝統的なもので扱っているものはありますか?

星人:トラディショナルなものはあまりないかもですね。古いものはあるんですけど。食器はばーちゃん家の蔵掃除で出てきた古伊万里とか九谷焼きを使っていますが、鮨屋だから和を用いたくて取り入れているわけではないです。

包丁の柄にはさりげなくシグネチャーの「☆」が彫られていた。

ー体験やイベント、と言う文脈にも接続されている星人さんに、食体験の面白い部分やお鮨の可能性についてご意見お聞かせいただけたらと思います。

星人:もともとは屋台から始まった文化だから、場所を選ばず、お鮨はどこでも握れるはず。今はトラディショナルなどっしり系が持て囃されてるけど、お鮨ができる表現の可能性はまだまだあるし、追求していきたいですね。体験を提供するとしたら、お鮨が握れなさそうなロケーションで握るとか。色々考えています。

そしてお鮨はとても面白いポジショニングの食べ物です。大衆的でもありながら、お鮨のために高いお金を払う人や、1年待つ人もいる。鮨はそのまま“Sushi”として世界的に認知されていますし、鮨好きは世界中にいて、お鮨は、わがままを通せるジャンルでもある。作り手側にとったらこんなに面白いことはない。だからこそいろいろなことを実験しながら、なるべくフッカルで、僕自身どこへでも握りに行くようにしています。

長場雄さんが手がけた「星兵衛」のロゴは象形文字の「星」の字がモチーフ。目が3つあるように見えるのでエイリアンくんと呼んでいるそうだ。

一番美味しいではなく、多様的な美味しさを求めて

ーそもそも、星人さんはなぜ熟成鮨を握ろうと思ったんですか?

星人:お鮨の神様は2人いるんです。

「鮨っちゅーもんは、新鮮な魚をな、1秒でも早く食べてもらうのがいっちゃんうめーんだぞ」

という神様と

「鮨っちゅーもんは職人が手を加えて時間かけることで美味しくなるんだぞ」

という考え方の神様がです。

前者は、僕が富山で食べるようなお鮨。漁場が近くにあって、新鮮でコリコリと身の歯応えを味わうようなお鮨です。後者は、江戸前鮨と呼ばれる、東京のお鮨。

ー江戸前鮨の定義ってそういうことなんですね。

星人:江戸前鮨の定義は諸説あるのですが、ここではこの理解でいいと思います。話し出すと長いので(笑)。

江戸前鮨は咀嚼した時にネタとシャリが程よく口の中で混ざる、シャリ馴染みがいいことが良しとされています。だから昔から、2、3日〜1週間寝かしてから使うという文化自体はあったんです。僕の解釈としては、津本式によってその精度を限りなく100パーセントまで近づけることが出来るようになり、さらなる長期熟成の可能性のドアが開いたのがここ10年くらい。

ー可能性のドアが開いたことにより、どのような変化が起きたんですか?

星人:40日〜50日くらいまで熟成が出来るようになってきた。その未知の領域、新しいジャンルに興味を持ってやり始めたんですね。熟成は時間が経てば美味しくなると言う考え方。鮮度を美味しさに変える技術なので、海外を目指す上で必要不可欠だと思ったんです。

熟成した切り身を見せてくれた。魚というよりもはやお肉。生ハムの原木のようである。

ーそれはフードロスや環境配慮という観点が大きい?

星人:ヨーロッパは特に環境への考え方がシビアですから、もしかしたら今後、お鮨禁止とか税金をかけられる可能性もなきにしもあらずです。そもそも、海外でお鮨を食べるには今のところ、日本から飛ばさないと行けないんですよ。海外には港も漁場もたくさんありますけど、お鮨を食べることを前提とした魚の獲り方だったり、冷蔵したまま流通に載せるインフラは日本にしかないんです。だから、日本でしっかり仕立てたものを飛ばして、飛行機の中で熟成させることができれば僕としては理想的。世界のカウンター鮨を目指すのであれば、熟成鮨や熟成の技術は必然的だったということです。

ー魚の熟成度合いでお鮨の味は変わるんでしょうか?

星人:20日目のマグロと40日目のマグロ。単純に差はないのかと聞かれればありますよ。だけど、どちらも美味しいんでそれで良くない?という感じ。考え方としてはちょっとユルいんですよね。ストイックに美味しさを極めようとしている人からしたら、ぬるいでしょうけど、僕としてはそれでいい。ウチの思想的な特徴というと、それに尽きると思います。

ーサステナブルや環境のことを考えるのは、星人さんのお鮨にとって必要不可欠な要素ですか?

星人:と、いうより美味しくて安価な熟成鮨が世に広まれば、自然に世の中が良くなるわけじゃないですか。「環境にいいんだよ」とか押し付けることも、それを口に出す必要もなくなる。みんな環境を悪くしたいわけじゃないですから。うまい鮨食った、それがエシカルでした。「ところでエシカルってなんすか?」くらいのノリで全然イイです。プロデュースする側が考えなければいけないのはそこで、消費者を説得する必要は本来全くない。

古伊万里に混じって、よく見ると横尾忠則によるドクロ皿。真ん中で割れてしまい、金継ぎして使っている。お皿一枚にさりげなく「星兵衛」の精神性が宿っていると感じた。

コース後半の握りは直接手渡しで、そのままいただく。

金田星人は養殖鮨の夢を見る

金田星人が描くお鮨の未来図とは。

ー今後の展望や実験してみたいことはありますか。

星人:やりたいことはめっちゃありますけど、大風呂敷を広げると、人類のタンパク質をどう確保するか?ですね。その文脈で中国の深圳(シンセン)で鮨屋をやってみたい。

ーなぜ深圳なんですか?神泉つながりですか?

星人:そうですと言いたいところですが、ダジャレではないです(笑)。僕が単に未来、SF好きなので未来都市に住んでみたいからという理由です。先進的な技術が集まるところには感覚的に新しい人たちも集まってきます。日本は少子化で人口が減っていきますけど、世界規模で見ると人口爆発期に入っていく。そうなると、タンパク質の消費量、需要が増えるわけです。中国もそうですが、これから南米やアフリカが経済発展していくと生活水準が上がりますよね。そうするとみんな、ステーキ、鮨を食いたくなる傾向があるんです。インドではすでに回転鮨がありますし、そういった情勢を踏まえて、何をやるかと言ったら完全養殖の魚かなと。実験として完全養殖魚で仕立てたお鮨が、外国で楽しんでもらえることに成功したら、日本の養殖業の可能性が開けてイイんじゃないかなと思います。

ー完全養殖魚というのは普通の養殖とは違いはあるんですか?

星人:まず、魚は牛、豚、鳥など他の畜産と比較しても、二酸化炭素の排出量も少ないんです。そして普通の養殖は都度天然の稚魚を獲ってきて育てるけど、完全養殖は最初だけ稚魚を獲って、そこから育てて卵を産ませ、次の世代へと循環させていく。天然資源に手を付けるのは最初だけで済みますから、完全養殖は自然への負担がさらに少ないと言われています。僕はそういった完全養殖魚を深圳のITエリートの人たちに食べてもらいたいという野望を抱いています。

ー食の未来を担うような壮大なプロジェクトですね。

星人:不思議なことに牛、鶏、豚、野菜、果実、全て養殖で産地がブランドになっていますね。なぜか魚だけが天然物というくくりでブランド化されている。それはなぜかというと、今まで牛や豚のように魚の個体判別や、体調管理をするにあたり技術が追いついてなかったんですよ。でも今はテクノロジーで解析できるようになった。IoTの技術で、生簀をスマホで管理できるようになっています。

ー漁網などが海洋ゴミの問題で取り沙汰されることもしばしばですが、完全養殖がさらに発展して、産業が広がっていけば、結果的に環境問題の解決の糸口になるかもしれないですね。

星人:難しいのは、日本の天然思想です。日本では完全養殖魚を売るためのPRなど、余計なコスト がかさんでしまって、利益を出すには時間がかかると思いますね。消費者を説得するために色々なことを考えなければいけないんです。でも海外は日本ほど養殖魚に対して抵抗はない。魚が獲れない地域だってありますからね。だからまずは海外で当てて、完全養殖の評判を上げてから、逆輸入するかのように日本でも広めた方が楽だなと思っています。美味しい養殖魚を作って売ることができれば、売り先に困っている人たちも救うことに繋がりますからね。僕は最後の、お客様の口にお届けするパートを担うことができれば光栄です。

日本の産業と人類のタンパク質のために、お鮨を握る。まるでアベンジャーズである。

ー他のやりたいこと、身近なところで言うと何かありますか?

星人:回転鮨やりたいですね。鮨を握る上で自分に課しているルールとして可食部の90パーセント使うと言うのがあります。鮮度にこだわり過ぎたり、いい部分だけしか使わなかったり、熟成の過程でガンガントリミングをしたり、鮨って実はフードロスが多いんです。それを減らすためにも、僕は90パーセント食べれるような、ロスの少ない熟成法を研究しています。熟成=ロスが少ない、ではないんですよね。何に代えても美味しさを求める、と言うのは僕の目指しているお鮨ではない。

ー回転鮨だと星人さんの目指すお鮨が実現しやすいということですか?

星人:いや、逆に実現はしづらいのかもしれないのです。が、世の中に与えるインパクトの大きさ的にも回転鮨まで広がらないと、ショボいんですよ。寿司産業の売り上げシェアは大手5社くらいで7割くらい持っている。だからこそ回転鮨に食い込まなければマーケットへの影響力的に意味がない気がしています。

食後には星人さんが買い付けた台湾烏龍茶で〆。発酵させた茶葉の香りはまるで桃のような味わいを醸しており熟成鮨との相性も抜群。熟成されたアミノ酸たっぷりのお鮨のあと、さっぱりと洗い流してくれる。順次販売を開始するという。

「星の王子様」で例えるなら、さながらここはお鮨の星。作者のサン=テグジュペリは自身の飛行士としての15年間を綴ったエッセイ『人間の土地』(新潮文庫)において

「あれほど多くの星の中で、早朝の食事の香り高いひと椀を、ぼくらのために用意してくれる星は、ただ一つこの地球しか存在しないのだった」

と広大な宇宙の中にある、母なる地球の希少さを綴っている。

「星兵衛」のお鮨はそれに近い感覚があるかもしれない。熟成具合が違うネタの数々はその日だけの特別な味。それを目の前の我々だけのために、丁寧に仕立てて提供してくれる。星人さんによる鮨研究の人体実験場の席に着いたなら、あとはありがたく旨味が凝縮されたアミノ酸たっぷりのお鮨をいただくだけ。その体験は食事でありつつ、アトラクションのような特別感があった。

「星兵衛神泉ラボ」でお鮨を食べたい人は、行ったことのある人に連れていってもらって、星人さんとLINEを交換する、もしくは紹介で繋いでもらう必要がある。星人さんがイベントで出張鮨をしているタイミングもチャンスだ。

この食の宇宙・東京で恒星の如く、ひっそりと光を放つお鮨の惑星「星兵衛」。SF好きで好奇心旺盛な店主・星人さんのスタイルは言わば、他に類を見ない鮨業界のエイリアンだ。だが安心してほしい。このエイリアンは侵略するどころか、日本の産業を憂い、お鮨で人類のタンパク源をいかに確保するかを考えていた。楽しいと美味しいを大前提に、地球環境を救おうとさえしている。そんな鮨界のニューロマンサー金田星人さんが手がける、熟成鮨の回転寿司屋が朝のニュースで話題に上がる日も近いかもしれないし、日本発完全養殖魚熟成鮨が世界の美食家たちを虜にし、食卓を席巻する未来が来るかもしれない。


Text:TOMOHISA“TOMY”MOCHIZUKI
Interview:REIKO ITABASHI
Photo:VICTOR NOMOTO