ポッドキャストが届けるリアルなコミュニケーション

2010年代、SpotifyやiTunesといった配信プラットフォームへ誰もが自作の音声コンテンツを配信できるようになり、ポッドキャストブームがアメリカから世界へ広まった。ポッドキャストとは、いつでもどこでも聴ける、言わばインターネット上のラジオ番組のようなものだ。例えばスマホさえあればドライブ中やランニング中にも手放しで「ながら聴き」できる気軽さは現代の需要にマッチしており、人気を集める理由のひとつだ。そして2020年代初頭である現在、SNSアプリ"Clubhouse"の爆発的流行が後押しし「音声」形式コンテンツの魅力に再び注目が集まっている。この流行現象は今まさに多くの人々が体感している事実だが、果たしてここまで支持を集めているのにはどのような時代背景があるのだろうか。そして、かつてブロガーやユーチューバーが台頭したように、これからは音声コンテンツ制作者が影響力を高め、メディアの主流として発展していくのだろうか?今回は無数にある個人発信のポッドキャスト番組の中でも、とりわけカルト的な人気を集める"Replicant.fm"のパーソナリティ2人に、音声コンテンツを発信する当事者として見えている世界を伺い、これからの可能性を考える。

Replicant.fm

Replicant.fmはケンタロウとおマミがホストを務めるポッドキャストのトーク番組。あえてスポンサーを付けず、自分たちの興味が向いた多彩な話題を、自由な雑談形式で提供している。ゲストの選定にも定評があり、様々な分野における感度の高いリスナーから多くの支持を集めている。http://replicant.fm

なんでもない人、なんでもない日常のコミュニケーション

Replicant.fmのポッドキャストを始めるに至った経緯には、番組のホストであるケンタロウさんが仲間や知り合いとの自然体のコミュニケーションをアーカイブしていきたいという思いがあった。

「ポッドキャストがアメリカで再燃してから、興味を持って自分でも番組を聞き始めていました。その中でもRebuild.fmというポッドキャストが面白くて、掃除や作業をしながら聞いていたんです。その番組もトピックに触れつつ、雑談ベースで長回しで進んでいくようなものでした。それから同時期に読んでいた『断片的なものの社会学』からもインスピレーションを受けています。その本は、普通の生活を送っている人にインタビューをして、それを社会学者の著者がエッセイみたいな形でまとめているもので。その本からは、なんでもない人、なんでもない日常にもすごい面白いことは散らばっているな、と気づかされました。

普段聞いていたポッドキャストと同時期に読んだ本から影響を受けて、それを自分で実践しようと当てはめた時に、周りにいる仲間だったり、先輩と話をしてそれをアーカイブしたら面白いんじゃないかなと思ったのがReplicant.fmを始めたきっかけですね」

ケンタロウさんを中心として始まったReplicant.fm。ケンタロウさんのパートナーである、おマミさんもホストとして参加するに至ったのは、ケンタロウさんが異なる視点を取り入れたかったからだそう。

Replicant.fm

ホスト2人の愛犬ジャック君。

会話というセッションとグルーブ感

2018年にポッドキャストを始めたきっかけに、インスピレーションとなったポッドキャストと本を挙げてくれたケンタロウさん。テーマやトピック、形式において様々なポッドキャストがある中で、Replicant.fmが発信しているのは自然体なコミュニケーションだ。ケンタロウさんが大切にしていると話すのは、コミュニケーションのセッション感だという。

「会話を広げていく中で、幹の部分よりも枝葉の方が面白い場合もあるし、その場のノリで広げていきましょう、という感覚で話しています。会話というセッションの中で、その場でしか生まれないグルーブ感は大事にしたいと思っていることですね。テレビやラジオであれば尺があるのでそう言ったところも考えなくちゃいけないけれど、ポッドキャストにはそれがないので、メディアとやっていることがうまくかみ合っているのかもしれません。編集もほとんどしていなくて、だいたい内容の確認に3、4時間かかっているだけです。台本も用意はしていません。触れたい話題をメモ程度に用意しているだけで、それに沿って進めようという訳ではないですね」

会話というセッションの中でグルーブを捉えること。誰しもが普段の何気ない会話で無意識にやっているであろうことが、Replicant.fmというポッドキャストの中でも重要な要素となっている。

Replicant.fm

取材させていただいたのは、東東京のケンタロウさん、おマミさんの自宅。ここで収録することも多いそうで収録機材も完璧に整っている。また好きなものが全面に押し出された空間には、アート作品やスケートボードなどが飾られていた。

2020年にiPhone向けに公開された、招待制の音声SNSのClubhouseが2021年に入って日本でも爆発的に広まったことは記憶に新しい。Clubhouseは、電話番号で繋がった知人からの招待を受けることで参加が可能になる。ユーザーそれぞれが話をするための部屋を立てることができ、その部屋に参加した人同士での会話ができる。ポッドキャストとは異なる形ではあるが、同じ音声を扱う媒体としてClubhouseについてどう考えているのか、ケンタロウさんに伺った。

「個人的には知り合いが立てた部屋にしれっと入って、会話を聞いているみたいな使い方はしています。Replicant.fmとしては、番組のアーカイブを流したこともありましたが、より踏み込んだ利用はまだ先かなという感じです。理由としては、アンドロイドのユーザーがまだ入ってこれない状況や、その場でしか聞けない物を出してしまうと不公平になってしまうからですね」

Clubhouseの閉じられた環境は、親しい友人間でのコミュニケーションには適しているが、裏を返せば排他的という意味にもなってしまう。Clubhouseの良い点を認識し個人として楽しみつつ、Replicant.fmとしてはリスナーに対して公平でいることを大切にしている。

Replicant.fm

インターネット最後のフロンティア

ポッドキャストを始める上で、マイクとパソコンがあれば手軽に始められるということは、動画などの発信にはない利点でもある。しかしケンタロウさんはそれ以外にポッドキャストに惹かれていた理由があった。ケンタロウさんにとって、ポッドキャストというメディアは最後のインターネットのフロンティアを感じられるものだという。

「ちょうど2017年前後で、アメリカでトランプが当選し、FacebookなどのSNSにまつわる問題や、YouTubeで収益化するためのパートナプログラムの規定が変わったりしていて。こういった状況を見てきて、2010年代半ばから僕が好きな自由なインターネットじゃなくなっているなという感覚があって。人が大きなプラットフォームの奴隷になってしまっているように感じていました。反対にポッドキャストはインディペンデントな個人でも発信できる媒体だし、特定のプラットフォームに依存することがない仕組みです。これもSNSやブログではなく、ポッドキャストを選んだ理由ではあります」

現在ケンタロウさんの年齢は30代半ば。実際にインターネットの変遷を目の当たりにしてきている世代でもある。彼らが見てきたインターネットが持っていた混沌と自由は、ポッドキャストというメディアに最終的に受け継がれている。

Replicant.fm

プラットフォームに依存しないという話題とともに、広告モデルに対しても同じように依存したくないという思いがあることをケンタロウさんは語ってくれた。

「僕は平日は広告代理店に勤めています。これを言ってしまうと普段の仕事と矛盾が生じてはしまうんですが、広告が入ることでコンテンツが歪んでくるのを感じてしまっていて。自分が仕事じゃないところでやることは、広告モデルに頼らないでやりたかった。最終的にそれが一番ヘルシーなんじゃないかなとも思っていて。儲けたいっていう意識はないんですけど、知らない会社の広告が自分の番組に入れられていくよりも、ポッドキャストに関連したグッズを売ったりすることで金銭的な持続性は担保した方が健全だと思うんですよね。実際にReplicant.fmでは、サポーターズショップを立ち上げていて、番組のゲストにインスパイアされて作ったグッズや、ゲストにお願いして作ってもらったグッズなんかを売っています」

Replicant.fm

オフィシャルグッズ「走る練習」帽子。サポーターズショップではすでに売り切れだ。

既存のシステムから脱却し、より健全で持続可能な形で活動を誠実に続けることがリスナーからの信頼にもつながっているのではないだろうか。他のカルチャーに目を向けてみても、ミュージシャンでありながらレーベルに所属しないあり方など、システムからの脱却した活動を行うアーティストやクリエーターは増えている。例えばミュージシャンのChance the Rapperは、グッズの販売や、ライブチケットの売り上げをメインとして、音楽レーベルには所属せずに活動している。彼らは当たり前だと思われていた枠組みから外れることで、新しい表現や発信の形を生み出している。ポッドキャストからも、コミュニケーションを発信する上で、既存の書籍やSNS、ブログなどとは異なる形が模索されていると言える。

Replicant.fm

アウトプットとインプットの循環

2018年の活動開始以来、根強いファンを獲得しているReplicant.fmだが、ポッドキャストとして継続されていることや、ケンタロウさんのもつ話題の感度の高さもリスナーを惹きつけている要素の1つとなっている。ケンタロウさん自身のカルチャーの話題に対する感度は、幼少の頃から鍛えられてきた部分と、ピストバイクなどのカルチャーに出会ったことが大きく関係しているそうだ。

「父親も広告関係の仕事をしていたので、小さい頃からテレビCMの裏側の話などは聞いていました。今思えば物の見方はその頃に父親からの影響を受けたし、身についたのかもしれません。カルチャーや趣味については、2007年ごろに出会ったピストバイクの文化に影響されているところが大きいですね。当時のピストバイクのカルチャーは本当にいろんなものがごちゃ混ぜになっていて、さらにそれが日本だけでなくて世界的に繋がっていたので。そこから新しい世界が広がった感覚がありますね。やっぱり同じように生きているのではれば、なんでもやってみたほうが楽しいよなっていうのはベースにあるかもしれないですね。そういう生き方をしている仲間が周りにいて、考え方やカルチャーは彼らからも吸収しています」

ポッドキャストはケンタロウさんにとって、周りの仲間から吸収したものをコミュニケーションという形でアウトプットするものでもあり、ゲストからインプットを得るものでもある。コミュニケーションの循環がポッドキャストという形で発信され、リスナーとも繋がっている。Replicant.fmの副題としてつけられている「人の暮らしを宇宙と未来に届ける」という言葉は、Replicant.fmとリスナー、そしてリスナーになり得る全ての人との関係性を表している。

Replicant.fm

所狭しと並べられたクラフトビールの缶や瓶もインテリアとしてフィットしていた。かなりの頻度でお酒を飲むというおマミさんは、お酒に対するこだわりも強いそう。

異なる視点と考えるための余白

Replicant.fmがポッドキャストとして成り立つには、ケンタロウさんとゲストの掛け合いによって生まれるグルーブに、おマミさんが持つ異なった視点が加わることは欠かせない。番組を聞いていると、異なる意見から議論になることも度々伺える。そんな様子も赤裸々なコミュニケーションとしてReplicant.fmを引き立てる魅力となっている。

「私は広告業界で働いているわけでもないので、わからない言葉が普段のケンタロウさんとの会話でも結構出てきます。そういう時にも意味は聞くようにしています。基本的には性格は合わないと思っていて(笑)。ケンタロウさんは良くも悪くもロジカルなタイプ。でも私は飾ることをしないし、思ったことはそのまま言うので性格は反対だなと思いますね。険悪になった時は、普段喋らないのに番組で喋れる訳が無いから出なかった回もあるくらいです(笑)。(おマミさん)」

Replicant.fm

オリジナルグッズの「飲む練習」グラス。

「過去160エピソードくらいはあるのに、自分1人で喋ったのはその1回だけなんですよ(笑)。意見が違うので、議論みたいになることはあるけど、これが全く同じ性格だったら面白くはないと思うんですよね。違う視点、違う意見を持っているからこそ、それがリスナーが考える余白にもなっていると思います(ケンタロウさん)」

Replicant.fmの中には、ゲストとケンタロウさん、おマミさんという三者三様の視点が存在する。リスナーが、受け手として自分の意見を持つための余白がそこには用意されている。番組内でのケンタロウさんの物の見方、時流に対する感性と、おマミさんの飾らずに自分のスタイルを貫くアティテュードは絶妙なバランスで成り立っているように感じられる。ゲストを招いた回では、ケンタロウさんとゲストが会話を繰り広げる中、おマミさんが時折発する質問や意見にハッとするようなこともある。リスナーがReplicant.fmに惹きつけられる要素として、リスナーまでも巻き込んでコミュニケーションの中に取り込んでしまう間口の広さもあるのではないだろうか。

Replicant.fm

オリジナルグッズの「HIGH CONTEXT」 Tシャツ。

カルト感のあるコミュニティー

取材をする中で、ケンタロウさんはReplicant.fmはカルトっぽい、と話していた。Replicant.fmを聞くということは、コンテンツとして番組内でのコミュニケーションを共有することでもあり、コアな話題や視点の共有でもある。ケンタロウさんやおマミさん、ゲストの方の「好き」や視点がだんだんと伝染していく感覚がReplicant.fmのカルト感のあるコミュニティーを作っているのかもしれない。そのコミュニティーをつなぐ鍵は、ケンタロウさんの、この人ともう少し話していたいと思わせるような人を引き込む力と、好きな物事に対する溢れるような思いなのだろう。カルトリーダーと言われても納得がいってしまうような素朴な魅力がケンタロウさんからは感じられる。さらに、番組を継続して聞くことで、実際に面識がなくてもケンタロウさんやおマミさんが次第に友達のように感じられてきたリスナーもいるだろう。自然体で発信しているからこそ、リスナーはホストの2人をより親しい距離感の存在のようにも感じられるのではないだろうか。

Replicant.fm

オリジナルグッズの「走る練習」パーカー。

ポッドキャストは数あるインターネット上の発信媒体の中でも、個人の自由に委ねられる余白が多い媒体だということがケンタロウさんのお話からは伺えた。そんなポッドキャストというメディアの余白の上で、Replicant.fmはコミュニケーションそのものを発信することで出演者の視点や好きな物事をリスナーとともに共有し、コミュニティーを作ることを可能にしている。

会話というコミュニケーションが一番みじかにあるからこそ、それを発信することは人の熱量や思いを伝えることに優れているのかもしれない。同時に、ポッドキャストが生み出したつながりがリアルにも広がっていく可能性も感じられた。例えばイベントなどを通してであれば、ポッドキャストのリスナー同士が繋がり、リアルでのコミュニティーが広がるような未来もあるのではないだろうか。ポッドキャストの面白さは、好きな物事に対する熱量を伝えたり、異なる意見の交換ができるコミュニケーションの面白さを改めて体験させてくれることにあるのだ。


Photo:VICTOR NOMOTO
Text:MASAKI MIYAHARA