COVID-19の影響を受け、現実世界のあらゆるイベントが中止や延期を余儀なくされた。しかし、2020年5月末には緊急事態宣言が解除され、飲食施設だけでなく、美術館や映画館といった文化施設も再開を始めた。大規模なフェスティバルはまだ開催できそうにないが、厳重な対策のもと自宅から出てイベントを開催する方法が模索され、新しい文化が芽を出し始めている。中でもとりわけ注目を集めているのが、車内から映画や音楽を楽しむ“ドライブイン”方式のイベントだ。
 
そもそも、ドライブインは1990年代に流行していたカルチャーだったが、広い土地を必要とする一方で夜しか営業できず大雨では上映中止……といった厳しい状況が重なるうちに、だんだんと衰退していった。広大な駐車場に車が整然と並び、カップルがフロントガラス超しに寄り添いながら映画を観るなんてロマンチックなシーンは、いつの間にか“映画の中だけのもの”となっていた。2020年、時代を経てなくなりかけていた”ドライブイン”が、少人数の単位で一定の距離を空けることができるフィジカルディスタンスの手段として再度注目を浴び、新たなイベントの形として大きな期待をされている。
 
6月6日、ドライブインの音楽イベントが山形県で開催された。2019年5月に初めて開催されたインディペンデントフェス「岩壁音楽祭」がプロデュースした、完全招待制のクローズドなドライブインライブ「DRIVE IN AMBIENT」だ。COVID-19の影響を受け、今年6月6日に本来実施する予定だったフェスは10月に延期となった。そこで、全く新しい試みとして、映画の中で観て憧れていた“ドライブイン”なら開催できるのではないかと思い立ち、同じチームで1カ月間かけて挑戦してみたとのこと。
地元の人たちから“山形県の奇怪遺産”と言われ親しまれる唐松観音。岩壁にそびえたつ寺社のふもと、唐松観音駐車場が会場だ。
平安時代、戦死した夫の冥福を祈った1人の女性が唐松山の霊窟に観音像を祀ったことが寺のはじまりと言われている。また、京都一条殿の豊丸姫という美女が、清水観音のお告げにより始めた旅の途中、当地に住む炭焼き藤太と出会い大恋愛の末結ばれ、末永い幸せを願った藤太が観音像を洞窟に安置したのが唐松のはじまりだという説もある。
前日入りしたスタッフたちは、当日14時ごろに集まり、本格的な準備を始めた。今回のステージは、岩壁の唐松観音と駐車場をつなぐ観音橋の上だ。地元の音響チーム「ヘラジカサウンド」が2つのスピーカーや機材をセットして準備していた。
ステージ前に停められた1台の車内に、FMからカーステレオに送音する機材がセットされていた。来場者は、観音橋上の2つのスピーカーからの音と、FMで受信したカーステレオからの音を楽しむことができる予定だ。
別の車内でカーステレオを流しているスタッフとマイクでやり取りしながら、生音とFMを聴き比べ、ディレイの調整を行っている。
唐松観音のふもと、寺社の管理人室のとなりには隠れ家スタジオがある。実は、唐松観音の管理者である石井氏は、初年度の岩壁音楽祭から音響・撮影で協力しているメンバーのひとりで、今回の会場提供にも力を添えた人物。Studio’141の“141”は“イシイ”だ。
「山形にSLOW JAMというカフェがあるんです。センスのいいオーナーがいて、そこに僕みたいな大人から大学生まで、音楽好きの人たちが集まってコミュニティができていったんですよね。僕は仕事としてその店の建築を手掛けていたこともあってよく出入りしていたので、岩壁音楽祭の主催者メンバーたちに出会って。僕自身もバンドをやっているので音響に詳しいということで、音響や撮影を担当することになりました。山形と東京の人がつながって、音楽や文化を生み出すイベントが始まったのは嬉しいです。だから、できることは手伝いたいと思っています」
石井氏がゼロから手づくりで完成させたスタジオには、地元の人があそびに来ることも。さまざまな音楽イベントの現場で音響を手掛けてきた同氏は、“ドライブイン”形式ならではの工夫も必要だったと語る。「今回難しかったのは電源と音の調整。発電機はエンジン音がうるさくて演奏を妨げてしまうので、その音が出ないようにポータブルのバッテリーを用意しました。それから、スピーカーは指向性が決まっていて、音を届ける範囲が決まっているから、15台全ての車に放射状に届けられるように位置を調整するのが難しかった。FMのトランスミッターに送る信号に少しディレイをかけて出すと、ちょうどスピーカーの出音と合うので、距離を考えながら0.001秒単位で調整しました。地元の音楽関係者もみんなコロナで元気がなくなっていたから、少しずつでも音楽を楽しめる場が戻ってきて嬉しい。仕事を生み出す機会にもなる」
17時ごろ、参加車の入場が始まった。それぞれ、別の駐車場に停めてあった車をスタッフが誘導し、1台ずつ指定の位置に駐車させる。
どの位置からもステージが見えやすいよう、各台がどこに駐車すべきか、事前に区画整理され、目印がつけられている。
参加者は駐車場に入る際に1人ずつ検温される。主催者側は、名前や連絡先とともに体温を記録・管理した。来場者はもちろん、スタッフさえも緊急時以外は車から出ることは禁じられており、厳重なCOVID-19対策がとられていた。
約15台の車がレイアウト通りに行儀よく駐車した。
ライブが始まるまでは各自車内で自由な時間を過ごした。ドライブインでは車内での食事も楽しみのひとつ。見方を変えると、車は移動手段ではなく、ひとつの部屋となる。空間のつくり方次第で、大人の秘密基地の出来上がりだ。
希望者はお弁当とセットのチケットを購入することもできた。地元の名店厩戸 (umayado)のマクロビオティック弁当は目にも美味しい。
18時ごろ、日が暮れ始める。この日は梅雨の季節にも関わらず潔い快晴となった。家から出て直接見る空の美しさだけでも、ため息が出そうな感動がある。
日が暮れ始めた直後、観音橋の上にNami Satoが登場。壮大な借景に溶け込み、自然と共鳴するようなアンビエントが澄んだ空気に響き渡る。
オーディエンスのすべての車は、ステージに対して背を向けるように駐車。前向きに停めてフロントガラスから聴くのではなく、後部座席を倒しトランクに腰かけて聴くスタイルだ。ガラス越しでなく直接パフォーマンスを見ることができ、足を延ばして開放的に楽しむことができた。スピーカーからの音とFMカーステレオからの音、両方を聴ける環境ではあったが、生音だけでも十分に届く規模と構成だったため、カーステレオの音を切って目の前のライブに集中する人も多く見受けられた。
子どものころのようにトランクに座って過ごす体験だけでも、どこか懐かしく自由な気分になれる。靴下を脱いではだしになるのも粋だ。
ステージ側からの景色。車単位でフィジカルディスタンスがとられつつ、アーティストとしても対面で音楽を届けている実感が得られる距離だ。
ステージである観音橋の下には川が流れている。河川敷ではカエルの鳴き声も聞こえ始めた。
だんだんと空が赤く染まっていく。
約1時間のライブを経て、「DRIVE IN AMBIENT」は幕を閉じた。感動的な夕焼けが、残像とともに心地よい余韻を残した。イベント終了後、Nami Satoにコメントをもらった。「自粛期間中にもストリーミングをやってみたりはしていましたが、人前でのライブはほぼ3か月ぶり。本当は3月からアイルランドに行く予定で、ビザもとっていたんです。自分のスタジオ機材もいったん売却して準備していたんですが、コロナで出発2日前に飛行機が飛ばなくなってしまって、自宅にあるのを使って何とか過ごしていました。ここまで機材を触らない日々は今までなかったから、今日の本番は緊張しました。豊かな自然を前に車内でくつろぎながら楽しむライブだと思うので、チルな雰囲気を意識しつつ、心地よすぎるのではなく、引っかかる音も混ぜることで、聴く人に良い意味で違和感を与えられるようなプレイを心掛けました。それから、FMはそこまで音域が広くとれないはずなので、クラブでのライブとは違ってリバーブをかけないように工夫しています。クラブの方が音響設備は良いけれど、もとから屋外でのライブが好きです。今回のイベントは大きな意義があると思います。ステージ側から見ても、オーディエンスの距離がちゃんととれていました。対策をしながらでも直接音楽を届けられる方法が見えて来たのは本当に嬉しい。自分自身もとっても楽しかったです」
Nami Sato|サウンドアーティスト。1990年生まれ。宮城県仙台市荒浜にて育つ。活動拠点を仙台に置き、フィールドレコーディング、エレクトロニカ、アンビエント、ストリングスなどのサウンドを取り入れた楽曲を制作している。東日本大震災をきっかけに音楽制作を本格的にはじめる。震災で失われた故郷の再構築を試みたアルバム『ARAHAMA callings』を2013年に配信リリース。2018年“Red Bull Music Academy 2018 Berlin”に日本代表として選出。2019年ロンドンを拠点とするレーベルTHE AMBIENT ZONEよりEP『OUR MAP HERE』をリリース。
帰り際、主催者のひとりである後藤桂太郎氏にも話を聞いた。「反省点もありましたが、これだけの台数を集めてドライブインの音楽イベントを形にできたのは感慨深いです。運営は相当大変だったので、今後のドライブイン形式のイベントのプロトタイプとして、さまざまな関係者の参考になったら嬉しいです。例えば、“車内から出ないでください”という厳しいルールを設けても、撮影クルー等を含めてそれを完全にゼロにするのは難しいと感じました。ただ、実験的だったとはいえ、多くの人を集めて大きいボリュームで音楽を聴く時間は、数か月の自粛期間を経て渇望していた久しぶりの体験で、涙が出そうなほどの喜びでした。今回は、会場である自然豊かな唐松観音の環境を活かそうと思ってアンビエントを選んでいて、東北特有の環境音、土地のストーリーにアンサーする形で音をつくるアーティストはNamiさんしかいないと思い、彼女にオファーさせていただきました。オンライン配信も良いですが、やっぱり視覚や聴覚といった情報以外にも立体的に享受できる生の体験はかけがえのない時間だと実感しました。田舎の夕焼けを生で見るだけでも感動しますよね」
依然として予断を許さない状況が続くとはいえ、フィジカルディスタンスを確保すればイベントが開催できる兆しも見え、復活に向けた気運が高まってきた。車単位で隔離し距離をとれば、集まってイベントを開催しても良いという発想で、死にかけていたドライブインカルチャーに光が当たっている。COVID-19対策に伴う制限やルールは、今もなお文化に関わる人々に大きな打撃を与えている一方で、日の目を見なくなったはずのカルチャーを再度復活させたり、新しいイベント様式が生まれるきっかけにもなっているようだ。音楽や映画、文化をつくり育む関係者たちが互いに方法を模索しながら、知見を「オープンソース」として共有し、手をとり合いながらカルチャーの火を消さないように動いている。彼らの美しい葛藤や奮闘はエッセンシャルであり、後世に残すべき記録だ。
DRIVE IN AMBIENT@唐松観音駐車場
岩壁音楽祭のチームがプロデュースするドライブイン形式の音楽ライブ。本体のフェスティバルは今年10月に延期となったが、7月には別会場にてドライブインライブを開催予定。〈Instagram〉
Photo: TETSUTARO SAIJO
Text: REIKO ITABASHI