ユートピアは終わり、模索は続く。
メイカームーブメントとは、「誰もが製造業で起業家になれる時代」というものづくりの革命的潮流のこと。3Dプリンターなどの普及により2010年に始まったとされるその流れが、2010年代中盤から今にかけて終わりそうに見える。象徴的なメディアやイベント、そしてメイカースペースと呼ばれる会員制工房の倒産や営業停止が国内外で相次いでいるのだ。
日本におけるメイカームーブメントの10年間を総括すべく、2020年3月に閉店したメイカースペースTechShop Tokyo代表の有坂庄一、オープン時に『WIRED』日本版で編集長を務めていた若林恵、そしてTechShop Tokyoのユーザーでありファッションクリエイターの中村理彩子の3名が、撤去が進む同店内に集合。ムーブメントの終わりの先にあるべき「ものづくり」を語った1万字強の記録。
「突破口(という夢)」だったメイカームーブメント
——日本におけるメイカームーブメントの概要を教えて下さい。
若林恵(以下、W):世の中にPCやインターネットが登場して以来、世界中が「アトムからビットへ」と目指していたデジタルイノベーションが2000年代後半くらいに収束して、逆に「ビットからアトムへ」というものづくりを礼賛する時代の流れになった。
有坂庄一(以下、A):3Dプリンターの基本特許が切れたのが2009年ぐらいで、オープンソース化されたんですよね。それでみんながつくれるようになって、業務用ではない個人や小規模事業者向けの3Dプリンターが売れ出したんです。それまでウン千万円とかだったものを、僕らは数十万円で買えましたからね。そういう話が時代背景としてはあります。
W:その世界的な動きは「メイカームーブメント」とか「第三次産業革命」みたいなカッコいい言われ方をされたし、しかも日本は特にものづくりで食ってきた国だっていう自己規定が強いから、経産省とかが国をあげてIoTだとかハードウェアスタートアップだとかを持ち上げようみたいな感じで、国策的な目論見もあったと思う。沈んでいってる日本の家電業界なんかの突破口になるだろうっていう。
——メイカームーブメントに対する日本政府の期待は大きかったんですか?
W:期待してたと思うよ。どの程度お金入れてたかは知らないけれども。
A:経産省からうちに世耕大臣が視察に来たこともあります。
W:本国のTechShopはオバマが視察してましたよね。
A:世耕大臣がうちに来たのは2017年の11月かな。で、そのあと“スタートアップファクトリー”っていう補助金、補助事業ができて。TechShop Tokyoが終わることになり経産省に挨拶しに行ったときも、やっぱりTechShopのようなメイカーの拠点となる場所って必要だよね、っていう認識は変わってませんでしたね。そういう場所からあわよくば日本版のAppleが出てきてほしいとか、日本のプロダクトが売れることに繋がってほしいとか、プロダクトに関わる新たなサービスが生まれてほしいとか、そういう期待は依然としてあります。
——いつの時代にも、モノをつくりたい人や、そういった人たち向けの工房的な場所は存在していたと思うんですけど、そことTechShopのような“メイカースペース”と呼ばれる場所は何が違ったんですか?
W:モノつくりたい人が木を切ったりできる場所って常にあったよね、っていうのはその通りで。でも、そういうのはいわゆるDIYショップ。
A:カインズみたいな。
W:そうそう、そういうホームセンターも潜在的にはメイカースペースになりうる場所ではある。でも、そこから産業が立ち上がる場所というより、ほとんどは個人が日曜大工する場所だよね。ちゃんとしたビジネスとしてのモノづくりが生まれる空間であるためには、産業上のコンテクストとか、文化的なコンテクストが必要になる訳で。DIYショップとメイカースペース、それぞれに集まる人たちにはそこらへんの背景に乖離があるように見えるんだよね。
——具体的にどういう人がTechShopを利用していたんでしょうか?
A:もともと、オープンで身近になったデジタル工作機械を使って、「個人で何かモノをつくってるうちになんだか上手くいっちゃう奴らが、これからたくさん出て来るみたいだぞ」っていう捉え方がメイカームーブメントの初期にあったんですが、実際にはそういう人ってあんまりいなくて。
うちにいた人のおおかたは起業家みたいな人なんですよ。もしくは理彩子さん(中村理彩子)のようにアートとかクリエイティブでもっと食っていきたい人とか。あるいは別の本業があるんだけど新しいこともやってみるとかで、最初からビジネスとして考えている人が実は多くて。初めから深圳の工場とネットワークを持ってたりする人もいたり。もちろん我々から紹介することもありましたけどね。ただ、個人が3Dプリンターを使ったらなんかできちゃって、深圳と連絡を取って量産化しました、みたいなストーリーは実はほとんど無い。
W:要は、個人が何かをするっていう話はメイカームーブメントに限らずデジタルイノベーションってものに関してずっと修正されずにいるミスリードだと思う。個人じゃないんだよね、それ。仕事だし、事業だから。Etsy(主にハンドメイド雑貨等を扱うeマーケット)っぽい話と混乱してる。ドアノブつくって売る、みたいなのは趣味の延長線の話で。たまたま儲かったみたいな話と、個人をエンパワーするみたいな話は、根本のところでちがうはずなんですけどね。
A:ミニマル事業なんですよね。
W:メイカースペースがスモールビジネスのインキュベーターなのか、個人の発露の場なのかというところがちゃんと定義されてこなかったっていう問題も、長いことあると思うし、いまだにそれはそうだと思う。
例えばSquare(本国のTechShopから生まれた、スマートフォンでクレジットカード決済できる端末とサービス)みたいな成功話もあるけど、あのビジネスの核はハードウェア部分じゃない。スマホで決済できるっていう“アイデア”こそが核だし、つくったのはガジェットじゃなくてシステム。ハードウェア部分をどうつくるかってのはすごく二義的な話でしかなくて、そこだけTechShopでつくられたからといってTechShopの付加価値にはならない。
大企業と個人それぞれに対してTechShopがどのレイヤーをサポートするのかっていうのは、ユーザーによってもまちまちだし。そこらへんの立ち位置にずっと混乱していた10年。
A:うちの強みはEtsyで何かを売りたい個人にはないんだな、という気づきはやっているうちにありました。
中村 理彩子|ファッションデザイナー。慶應義塾大学総合政策学部、文化服装学院服装科を経て、デジタルファブリケーションを活用した服飾デザインを手がける。在学中からTechShop Tokyoを拠点に活動してきた。3DCGの衣装も製作し、2020年よりVR×ファッションをテーマに、磯部宏太と共にVRランウェイ「ZERO GRAVITY」を開催。
場所がクリエイターを拡張する
——でも、理彩子さんは自分のつくったモノを大量生産し事業化するタイプのTechShopユーザーではありませんでしたよね?
中村理彩子(以下、R):全然違いますね。
A:でも“手芸”っていうレベルではないじゃないですか。何かをつくって売ることを、趣味としてやっているわけではないですよね。うちのユーザーで長く続いてよく来ていた人は、つくるモノがもう手芸っていうレベルじゃない。クオリティが高い。だからつくったものが評価されて、それを1,000個つくってくれという受注が来たりだとか、もうちょっと“プロシューマー”的な側面がある。
——そもそも理彩子さんがTechShopユーザーとなったキッカケや理由は?
R:知り合いに誘われてプレオープンを見に来てたのが最初です。その人もピアスやアクセサリーをつくっていたので、通いはじめました。
A:もともとテキスタイルをやってたんだよね?
R:そうです。でも、私が通っていたSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)のファブ機器はテキスタイルがここほどは強くなかったんです。例えば大きい布地への印刷は難しかった。だから、TechShopの捺染機を使ったりしてました。ここは刺繍ミシンも最新でしたし、ガーメント(服飾)に強かったですよね。こういう施設はDMMのようにもっとギークな場所だと思っていたので、結構驚きました。しかも、本当に会費が安いなって印象を受けました。半分慈善事業なんじゃないかと感じるくらいに……。
W:(笑)
R:学生は月に1万円ぐらいですよ、ここ。
A:学割です。通常は1万8千円。機器の利用料もなしです。
R:週3から週4で通っていました。
A:で、最初はミシンとかテキスタイルばかりやってたのが、だんだん他の工作機械も使うようになったじゃないですか。そうやって作風が広がったみたいなことを言っていたのが、すごく印象的で。
R:そうですね、テキスタイル周りのマシンをほぼ使ってない時期があったくらいで。TechShopに入って1年後くらいに漆芸工房に協賛してもらった合同展を渋谷でやったことがあるんですが、乾漆の模型をShopBot(木工用CNCルーター)でつくったり、木で服をつくったり、旭川工業さんの木工旋盤を使って「人工の木目」をつくったり、木でスカートをつくったりしてました。
私の作風がマテリアル拡張型になったのは、こういう何でも加工できる施設に入ってからでした。だから服の概念が取っ払われるくらい革命的な施設だなと、通いながら思ってました。そういう場所って絶対必要ですよね。DIYショップみたいな場所だと限界があるというか。
A:理彩子ちゃんが「ミシンがあるだけの場所だと結局ミシンの範囲でしかモノをつくらない。だから、3Dプリンターやレーザーカッターだとか、木工だとか、そういう幅のある工作機械が揃っている場所だから作風が広がるんだ」とか、「機械の使い方がわからないときも、店員だけじゃなくて他の会員の方が教えてくれた」と言ってたのが印象に残ってる。そこらへんが“TechShopらしさ”なんだろうなとは思っていた。
——安価で親切なモノづくりスペースということ以外のTechShopがもっていた付加価値を、理彩子さんは何だと考えますか?
R:ここで新しいことをやったり、他のクリエイターとコラボする実績を積んだことで、協賛や資金を得られるようになったことです。そのおかげで自分の取り組みが継続可能になったんですよ。生活費を削ってここに来ていたというより、むしろTechShopを使うことによってサポートを得られていました。この施設があるからこそ、服における新しいマテリアルの追及、新しい表現の方法が許されていた気がして。あとは、スタッフが優秀なのも有名でした。専門外の機械について、加工方法について、ここにいるだけで学べることは多かったです。
——TechShopのオープン以降、会員数は継続して増加傾向にあったんですか?
A:はい。最終的に会員は1,800人まで増やせましたし、そこから我々も工場や投資家に相談できるコネクションもできたりしたので、コミュニティやネットワークを生んだという点は成功したと思います。
——アメリカ本国のTechShopは2017年に倒産しましたが、その理由は?
W:本国がダメになったのは、有坂さんはどういう風に分析してるの?
A:本国がダメになったのは、店舗の広げすぎ。我々の事業って債務超過でスタートするじゃないですか。で、徐々に回収していくモデル。でもその回収をしないうちに次に建てて、次に建てて、とやっていたと。確か10店舗あったのかな。それでも資金繰りとしては成長してたんですけど。
W:それってベンチャーキャピタル(以下、VC)から調達って話?
A:いや、シリコンバレーのVCは、数年で数十倍に跳ね上がるところにばかり投資するから、年率20%や30%で成長するTechShopみたいなところには投資しない。だからこういう取り組みに賛同した会社がちょっと大口のスポンサーみたいな感じになったみたいですね。協力会社みたいな。
W:以前、実は会員の数はレーザーカッターの数に規定されるって言ってたじゃないですか。つまりレーザーカッターの使用率が一番高いから、会員数を倍にしようと思ったらレーザーカッターの数も倍にしなきゃいけないっていう。
この間、有名な金融の専門家のニコラス・タレブって人が「かけ算で増えていくものとたし算で増えていくものを混同してはいけない」ということを言ってて面白いなと。何の話かっていうと、例えばコロナウイルスっていうのはかけ算で増えていくでしょ? コロナが流行りはじめた当初、「コロナによる死亡者より年間の交通事故者の方が多いじゃねえか」って言っていた人がいて。でもそれは決定的に違う。交通事故者はたし算でしか増えない。かけ算では増えないわけですよ。
何が言いたいかというと、ネットワークでバッと広がるモデルというものがあるってこと。例えばWeWork(起業家向けのコワーキングスペースを提供するアメリカの企業)がコケた理由って、あれはたし算でしか増えないビジネスモデルをかけ算のビジネスだと偽っていたからで、そう考えるとTechShopも間違いなくたし算じゃないですか。けれどもWeWorkは自分たちを不動産屋だと言わないで、ある種のエクスポネンシャルモデルであってかけ算で増えていくビジネスモデルなんだと、自分たちはテック企業なんだと言い張ってた。かけ算モデルと、たし算モデルの違いをちゃんと見極めなきゃいけない。
WeWorkよりも、その競合であるレンタルオフィスとかコワーキングスペースの方が堅いし、実は利益の出るモデルだという話だね。
有坂 庄一|テックショップジャパン代表取締役社長。1998年富士通に入社したのち、ICTシステムの海外向けマーケティング担当を経て、2015年10月に現職に就任する。2016年4月のTechShop Tokyoオープンに携わったあとも、4年間現場で運営を率いてきた。
——TechShop Tokyoも2020年3月をもって閉店となりますが、その理由は?
A:我々のビジネスモデルはすごく儲かるものではないので、継続する上で外部に依存しなきゃいけない部分が大きい。運営を支えてくれていた親会社としては、日本版Squareがここから生まれてくるような夢をもっていた。ただ、期待されていたそういうシナジーよりも負担のほうが上回ったという、簡単に言えばそういうことです。
W:その夢自体がね、結構雑だったんだと思うんですよ。でもそれに気づくにはそれなりに時間がかかるし、やってみないとわからない。何か面白いものが返ってくるかもしれないから、そういう投資も必要かもな、ってうっすらわかってても、ただそこに明確な予算はつけようがないし。富士通はやってみたけど、結果的にちょっと重すぎたなっていう判断をしたんだろうなという気がする。
——TechShop Tokyoをオープンした2016年時点では国内の市場調査などをした上で勝算もあったんでしょうか?
A:具体的に取りに行く市場なんてそもそも存在しなかったんですけど、Maker Faire Tokyoというイベントを見てメイカーズが国内にどれだけいるかという指標にしていました。もともと東工大で始まったイベントでしたが、会場をビッグサイトに移し、毎年スペースが倍々で広くなっていました。
だからそういうMaker Faireの参加者のようなクリエイティブな個人に需要があるだろうと。あとは、日本政府としてもベンチャーは増やそうという方針だったので、ハードウェアスタートアップ。それから企業のイノベーション創出としての新規事業開発。その3つですね、狙ってたところとしては。
——メイカーズムーブメントを象徴するイベント「Maker Faire」を主催するMaker Media社も2019年に資金難を理由に事業停止となりましたが、これはもはやメイカーブームの終わりなのでしょうか?
W:どこで頭打ちになりました? Maker Faireの拡張って。
A:いや、実は日本のMaker Faireの参加者は頭打ちにはなってないんですよ。でも、去年うちもスポンサーやめたんですよ。
W:それは何で?
A:それはね、我々の事業と直結しない感じがしてきたから。もともとうちに来る人は全員Maker Faireに出るような人たちだろうと思ってたんですよ。だから当初はMaker Faireのキックオフイベントをうちでやったりもしたんですよ、貸切で。でもその頃に比べMaker Faireに出ない人、知らない人も会員に増えてきたんですよね。最終的に会員の半分以上がそうだった。結果的にはMaker Faireと店舗の両方対応するのがリソース的に厳しかったので止めました。
W:TechShop Tokyoは六本木という場所柄的にも割と難しい戦いになるだろうと、最初から思ってた。ファブラボ(多様な工作機械を備えたオープンな市民工房の世界的ネットワーク)もいい活動だけど、趣味の延長とやってることあんま変わんなくない?って。まあそういうこと言うと怒られるけど(笑)
要するにメイカームーブメントを提唱したクリス・アンダーソンが言ったみたいには、別にビジネスにも直結しないし、お金が入ることもないし、ただモノづくり好きな人たちが趣味的にやってる、って感じがあるんだよ。
A:結局こういう施設で運営できてるのは、インキュベーション機能がついているところが多い。深圳とかね。
メイカーズの「置き場所」はどこだ?
——メイカーズムーブメントの話をするとよく深圳の話が出てくるんですけど、日本やアメリカのメイクカルチャーと同じ文脈で語っていいんでしょうか?
A:深圳論はひと議論ですよね。わりと日本と似てると感じるのは、仕事を失った街工場がスタートアップになってったというところ。大手の工場たちが一部生産を他に移転してしまったことで、下請けの工場があぶれてどんどん潰れてったらしいんですね。そういった下請け工場の跡取りがスタンフォードなど欧米の大学に行って帰ってきて、新しい事業を立ち上げ、今があるらしく。日本の町工場とも重なる部分があるかなと。
W:なぜスタートアップが振興されないといけないかっていうと、本来的には雇用をつくるためだと思うんですよ。これまでの産業のありかただと、もはや雇用が生まれないわけですよね。銀行もレイオフする、大手のメーカーもレイオフする。といっても、その雇用の受け皿は、Uber Eatsのドライバーくらいしかない。で、そのときに必要になってくるのが、自分自身で事業ができるようにしてあげるって話なんだと思うんですよ。
A:深圳はわかりやすいモデルなのでウォッチをしてたんですけど、何かをつくりたい、事業にしたいってときに、医療機器ならどこでつくれば認定できるのか、強い投資家は誰かみたいな、間をとり持てる人が深圳にはいて。僕らも、本当はそこまでやろうとしていた。
R:深圳にはエコシステムがあるんですね。
——これから日本のメイカーズはどういったエコシステムを目指すべきですか?
W:エコシステムね……。そのことばモヤモヤするんだよなあ。深圳みたいなエコシステムって本当に日本に置き場所があるのかなって思っちゃうのよね。ちょっとずれる話なんだけど、例えば大手のゴルフクラブメーカーからスピンオフして、完全にカスタマイズされたクラブをつくってくれる新会社を立ち上げた人が結構いるらしくて、今そういうクラブが流行ってるって有坂さんが教えてくれたのね。ほら、あたし、有坂さんとはゴルフ仲間だから(笑)。で、有坂さんは、その“地クラブ”ってヤツを使ってるんですよ。ドライバーで7万円ぐらいでしたっけ?
A:そうです。要は職人が手づくりするインディーズレーベルのクラブメーカー。大量生産だとどうしても個体差が出てしまいますが、そこがないのが特徴。要はプロが使うような特注クオリティーが手に入ると思って買ってます。
W:この話は結構面白いなと思って。つまり、“メイカーズ”って今呼ばれている人たちが「ここにいるじゃん!」って思ったんだよね。
オーディオの世界だったり、楽器の世界、釣り具の世界、もしかしたら自転車。趣味的なプロダクトに関していうと、個人でやってる工房でビジネスとして成り立っている人たちは前からずっといて。金があればあるだけクラブやオーディオにつぎ込みたいって人とかもいるわけ。すでにマーケットもあるし、選択肢が増えても困らない空間はあったはずで、そことこれまで上手くメイカーズが接続されていなかった。だからメイカーズを、日本の中のどの空間にどう置くかっていう話のような気がする。
それに気づいたのは自分も結構最近になってからなんだけど、限りなく趣味に近いニッチな領域の事業者もメイカーズだって言えないと、ポジティブな流れはつくれないんじゃないかなって思う。
若林 恵|黒鳥社 コンテンツディレクター。平凡社を経てフリーランスの編集者に。2012年に『WIRED』日本版編集長に就任、2016年にライゾマティクスと共同で実験的コミュニティプラットフォーム「WIRED Lab.」をアークヒルズにオープン。2017年に退任し、現職。2019年に公共空間のあり方を問い直す『次世代ガバメント:小さくて大きい政府のつくり方』を上梓した。
R:その通りだと思います。TechShopの利用者としても、そう思うんですよね。ヴァイオリンをつくってる人とかもいるんですよ。ほんとに凄い。設計だけじゃなく、新木場で音響に最適な木材を選び、木工室で細部まで加工をしてから、金属部品も設計しこれを金工室で自ら削り出して、本当に全てを手づくりしてるんです。有名なギタリストの愛用品を完全に模倣したりして。オリジナルは、レーザーで貝を切ってすごい螺鈿まで施していたらしいんですけど(笑)
彼は本当なら、一流の楽器メーカーで、ハードコアなファンの要望に応えることができる貴重な人材だった。それがTechShopのおかげで自由自在に物をつくることができていた、ほんとに凄い人。私も彼からたくさんのことを学びました。TechShopはこういう「やばい人」を育て、常識と制約から解き放っていた。ジェネラリスト的クリエイターを生み出せる場所だったと思います。
W:例えば楽器なんかでいえばスウェーデンのTeenage Engineeringっていうモジュラーシンセをつくっている会社はイノベーションっぽい視点から見たらスタートアップなんだけど、ある意味ただの楽器メーカーなんだよね。で、普通に楽器の見本市に出てそれをプロが使い始める、みたいなことが起きていたり。
最近だとギターのエフェクターって、中国産のものがものすごく伸びてるらしいのね。そういう中国、深圳コンテクストの会社がでっかくなってたりして。それも実はハードウェアスタートアップなわけでしょ。DJI(世界シェアNO.1のドローン製造会社/カメラメーカー)みたいな会社と同じで。日本も狙うのはそこだったんじゃないかなって気がしていて。そのほうが面白くなるし。
——要するにニッチな、マニアックな部分に特化したモノづくり事業ならビジネス的にもうちょっと上手くいく可能性があるんじゃないかってことですか?
W:ホントに初期のメイカーズムーブメントは「Yes We can!」のオバマ政権のノリだったからね。「みんな! なんでもできるぞ!」みたいな。で、この10年は「ごめん! 誰でもできなかった!」ってことに気づくための期間だったのかなと。
少なくともクルマのスタートアップをつくろうと思ったら、クルマの会社から出てきた奴らじゃないと無理だよ。競合が並居る空間で、なんか新しいことやってブレイクスルーを起こすってのは、素人が「We can」って簡単にできる話じゃない。ハードウェアスタートアップの難しさはそこにあった。アイデアはかろうじて出せるかもしれないけど 、生産管理までやるってなったら、できるわけない。そのノウハウは全部大企業にあるわけじゃん。
楽器でも、クルマでも、どの業界でもそこがイノベーションを阻害しているわけ。ただ、それをブレイクスルーするのは、完全なアウトサイダーじゃない気がするのね。つまり、大手メーカーでくすぶってるR&Dの人たちがいたとして、そういう人たちが独立するのをエンドース(支援)したほうがいいと思う。
そして、死に物狂いでやってくる大手企業と同じ空間で共存できるために、もっと業界的なセグメント分けが必要かもしれない。
A:我々のようなメイカースペースも、どのジャンルのモノづくりにも対応できるというのが逆に存在意義をわかりにくくしているかなと。車でもスニーカーでもなんでもいいんですが、例えば楽器なら楽器づくりに特化したスペースにすることができたら、楽器コミュニティの企業も技術者も趣味の人も、より参加しやすくなるんだろうなって思います。
「ユートピア」からエコシステムへ
——2020年代のメイカーズイベントのあり方を考えるとしたら、どういったものが考えられますか? 例えば、よりセグメント分けされてるMaker Faireのようなものですかね?
W:うんうん。ホントは地クラブのイベントとか、やりたかったっすよね。
A:音楽とか楽器のイベントをやりたい。
W:楽器スタートアップって面白いんだよ。海外には変なキーボードつくってる奴がいたりするでしょ。一方で日本のシンセサイザーはヤマハにしてもローランドにしても正しく世界の音楽変えちゃった歴史があるわけだから、その延長としてイノベーションってものを考えられなかったか、と思うんだよね。それにそういうものが次は中国から出てくるかもしれないし。
A:つくった楽器でライブやりましょうみたいなことしても、楽しいイベントになるし。
——理彩子さんから見て、2020年代のこれから、TechShopに替わる新しいメイカースペースができるとしたらどんな場所であって欲しいですか?
R:メディアやVCもいる、川上から川下まで用意できていたらどうなるのかな、って考えてしまいます。
正直なところ、TechShopはユートピアでした。安いし。このスペースはクリエイターが、クリエイターのために、割と一人で黙々と製作する場所だった。今思うと問題は、会員が施設のために何もできていなかったことだと思う。自分のやっていることが、100人未満の経済圏以上の可能性について考える必要もなかったし、それ以上を目指せると強く背中を押してくれる人もいない学校状態だった。それはそれで魅力的だった。それでも十分だと思っていた。
その結果、施設が社会にどんな影響を与えたかという話になったとき、スポンサーが残るほどはっきりとした軌跡を残しているようには見せることはできなかった。本当はたくさんの実りと実績があったと思うけど、インパクトが可視化できなかった。このとき、施設を支える規模のイノベーションというのは、一人ひとりが分断されているうちは、起こせないのだと感じました。
若林さんがおっしゃってたみたいに、ここのクリエイターのやってることはすごく独特な価値をもっている。こういう場所がないと、人は、産業は、模索する機会となかなか巡りあえない。ファッション業界のような場所にいると、そんな課題に気づき取り組む環境がなくなることは、すごくもったいないことだと思います。
——海外事例のように、メイカーズと適切な市場やVCとを繋ぐことのできるインキュベーション機能が必要だった?
R:そういう施設にしていくべきでした。若林さんがおっしゃったような“かけ算”はそれがないと、生まれないんじゃないかなと思ってます。例えば、渋谷にある100BANCHというプロジェクト支援施設に入居している、「ema」という、日本のモビリティを変えることを目指すスタートアップがあって。彼らは来るべき社会での乗り物のコンサル、改造や、パーツの生産を行っているのですが、プロトタイプをつくるときには100BANCHの優秀な会員に支えられていました。そのおかげで、パナソニックと共同で行ったモビリティの実証実験が素早く実現したりして。登記を可能にしたりすることで、ものづくり施設はスタートアップを誘致できる。そうすれば、大きな構想の一部にもなれると思いました。
W:今後の見通しでいうと、もしかするとこういう空間っていうのは長い目で見ると行政施設に入っていく可能性とかもあるのかなと。例えば本当にそれが雇用を生むためのドライバーとしてやっぱり意味あるねって話になったら公共空間として存続しうる可能性もある。とはいえやっぱりすぐにはリターンを得られる場所じゃないので、そういう意味でいうと教育空間だし実験の場所として定義するしかないのかな、と。生産空間ではなくて。だからみんなで役割分担しあう話とかを、もっと建設的に議論すべきじゃないかって気はする。
最終的には「俺、車つくりたい」って言ったら車つくれる空間になればいいと思うんだけど、いきなりそうはならないので、何十年もかけて社会に馴染ませようって話だと思うなあ。TechShop Tokyoはそれの最初の4年だっただけの話じゃん。なので基本的にはまだ状況が混乱してるって話だと思うよ。だから多分、ここが無くなってもいろんなところで、いろんな人がやっていく。そうやってその社会にオプティマイズされてくんだよ。
やめるのが一番よくない。
——若林さんの言う役割分担と、理彩子さんの言うエコシステムは同じような意味ですよね?
R:クリエイター同士という似た者同士がコラボしイノベーションを生むのは意外と難しい。それぞれ異なる役割を持っている人が集まっていたらよかったのかもしれないな、と思います。同じクリエイターでもソフトとハードの双方が集まりやすくなっているとか。さらにいえばTechShopのコミュニティの中にメディアやプラットフォームが必要でした。企画や資金調達できる人もいたほうがよかった。TechShopのおかげで副業したり、ものづくりで食べていけていたりする人も多かったけど、それをどうやったら更に発展させれるのかってところで止まってしまって。メーカーと組んで、量産化、生産管理、売り場の経験がある人がいたらよかった。やっぱり、ここまでは勉強期間に過ぎなかったと思います。
——我々、メディアの担う役割とは?
W:この混乱、混線した現在の状況を整理するのがまずメディアの仕事だろうって気がする。そしてTechShop Tokyoが4年やってきた、それの成果と反省点が何だったのかをちゃんと考えることかなあ。
——有坂さんはTechShop Tokyoの4年間でやり残したと思うことはありますか?
A:オンラインサービスをやりたかったんですよ。ハードでだけでなく、ソフトと組み合わせて何かをつくるってときでも「それやるんだったら、これがいいよ」みたいなインストラクションができるような体制や環境を揃えておくべきだったなと。
例えば誰かが椅子の図面をフリーハンドで引いたとするじゃないですか。でもそこからプロダクトへ仕上げるには、構造とか、座って潰れないかとか計算しないといけないわけです。ただ、そういうのをシミュレーションできるツールもあるんですよね。そんな、知識がなくても図面をちゃんとしたものにする支援だとか、どこか工場に依頼したモノの生産管理ツールを提供するとか、そんなオンラインサービスをやりたかった。
先ほどレーザーカッターのキャパシティに会員数が規定されるって話がありましたけど、オンラインサービスでやると、その制限がなくなるんで。東京にいる人向けだけじゃないサービスを提供できる。そんな支援がないと不十分なんだなって気づきました。それがあると図面のデータが山ほど集まるので、また別にプラットフォームみたいなこともできるんじゃないかなと。なんならプラットフォームだけつくってもいい。日本全国にメイカースペースは200箇所くらいあるんで。
——2020年代のこれから、第2次メイカームーブメントは興るのでしょうか?
A:日本のメイカースペースは毎年1.5倍くらいのペースで伸びてます。去年ちょっと減ったんですが。その代わりに企業が保有するプライベートなファブ施設も増えてます。2010年から2020年までの10年間に“第一次メイカームーブメント”が興ったと思ってるんですけど、このフェイズは結局、モノづくりをしてた人としようとしてた人が、よりそれがしやすくなったとか、クオリティが上がったってだけの期間で。“やってなかった人がやるムーブメント”にはなってなかったと思うんですよ。ただ多くの大企業も参入してきて、そんなカオスなコミュニティが一応出来上がった。
今はまずそういうメイカーズのコミュニティが出来たってとこまでが、日本で2020年までに起こった、メイカームーブメントとしていわれてきたことの現状なんだと思うんですよね。
で、この先もうひと波来る気がしてて。プログラミングが義務教育化することで、10年後くらいにはプログラミングネイティブが就職しはじめる。そうするとハードだけじゃなくてソフトまで自分でつくるっていう人も今まで以上に増えるんじゃなかろうかと。
そうするといよいよ、“やってなかった人がやるムーブメント”が来るのかなと。そのときにメイカースペースのようなものがやっぱり必要だね、みたいな話もまたされると思います。
——つまり……「俺たちの未来はここからだ!」ってことですね。
W:いわゆるデジタルイノベーションみたいな話って理念上は60年代からなんにも動いていなくて、でも社会の事情とか色んな文化的バイアスとかがあるから、それが思わぬ方向にねじ曲がっていくわけじゃない。メイカーズムーブメントも、終わったとかいう話ではなくて、理念は生き残っているし、技術もどんどん進んでいるからさ。
ほら今コロナに絡んで呼吸器を3Dプリンターでつくってるなんて話も出てるわけじゃない。なので、実はどんどん「TechShop的なもの」は進行しているわけだよね。なので、ずっと可能性を模索してるだけのことで、その模索に終わりはないのかなと。それこそ有坂さんが、次のフェーズでもう1回何かやるみたいな話だってありえるからね。
Photo: VICTOR NOMOTO
Text: TETSUTARO SAIJO